河童与之助 18
あとはどうなろうと、宮達には無関係だ。
人間が、解決すべきことである。
日の目を見ない部分の問題こそ犯罪の温床となり得るのであり、根本的な改革こそが人界に、しかも可及的速やかに求められていることであった。
宮は、別に人間に罪をなすりつけた訳ではない。
受け皿があったからこそ、その器に水を注ぐことも可能だったのだ。
精神的に安定した者であれば、宮が揺さぶったところで、簡単に揺れたりはしないのだ。
安定を求める傾向にあると前に言ったように、安定したものは安定したままでいようとする。
不安定なものは、安定しようとする。
犯人とされた男の心の澱を見つめることで、社会の澱を除去する方向に進む道標とすることこそ、宮達の望む人間達のこれからの在り様である。
一過性の、この事件だけのものとしていては、何もならない。
もっと本質から改善する方向に動かない限り、何も変わらない。
せっかくの指針をふいにするのも、重く受け止めるのも、それは人間に任されたことだった。
宮は、十妖の一夭を捕縛し、妖かしの仕業という真実から、人々の目を逸らしたのだから、それで仕事は終わりである。
と言うものの、宮の仕事は、まだまだ始まったばかりである。
あと四夭の十妖が、残っているのだ。
既に、十妖の一夭の仕業に違いないという事件があって、内偵を進めているのだが、まだ芳しい成果は上がっていないのだった。
あとの三夭の行方は、全く分かっていなかった。
日が経てば、人界にうまく潜り込んで、人界の移動網を使って他の土地に行ってしまうかもしれない。
日本国内ならまだしも、海外であれば情報が遅れるだろう。
その対策も、練らなければならなかった。
与之介のことは、運が良かっただけである。
残りの十妖達は、水呑童子達が遮二無二自分達を探すのは、せいぜい数週間と踏んでいるのかもしれない。
それまでは動かぬか、それともよほどうまく動いているのかもしれない。
水面化では、何か起こっているのかもしれなかった。しかし、それに対処のしようはない。
何かが起こった時の為に、考え得る限りの対処法を敷いておくことだけである。
だからと言って、宮が暇かと言えば、決してそんなことはないのであった。
ただ、待っているだけではない。
たいてい宮は、縁起堂の居間で書き物をしていた。
冥府から、普段の仕事の半分を送らせているのだ。
残りの半分は、篁に任せている。
もし篁一夭に任せていれば、少しずつ業務は溜っていったことだろう。
宮は、他の者の何倍もの仕事を、率先して熟していたのである。




