河童与之助 9
宮は、もう銀丸の手を離していた。
青山と相馬の目には、仲睦まじい親子の姿に映ったであろう、この手を繋ぐという行為も、宮が手を引かれていたのではなく、宮が銀丸の手を引いていた訳である。
「銀丸。電車の中で、人に名前を聞かれたら、縁起堂の主人の名前を名乗れと言っておいたのに、聞いていなかったな」
宮が咎める訳ではないがそう言うと、銀丸はしおらしく、申し訳ございませぬと謝った。
「己が人界にいると思うと、頭が一杯一杯になってしまって」
宮は別に叱っていた訳ではないので、仕方がないと思った程度である。
「しかし、私が宮様と親子など、考えるだけでも気が遠くなります」
冥府一の最高権力者、水ノ宮の責任者である宮と一臣下、しかも一番の下っ端の銀丸が、形だけにしても親子となるなど、銀丸でなくてもおこがましさに気が遠くなるだろう。
べつに宮は、銀丸と親子となることにもこだわりはない。
指示を出す上で、頭になるものと臣となる者を分けた方が利便が良いからそうしているのであって、宮はたとえ臣下であっても、自分より劣っているなどと考えないのである。
水狐や火狐達は、両宮に仕えることを重く考え過ぎている。
それは、人界から持ち込まれた作法が、冥府の中に生きているからであった。
人間達の持つ主従観が、しっかり根付いているのだ。
そんなふうに考えてはいけないと言っても、銀丸達には通じない。両宮に仕えることは、彼等の種の中に刷り込まれてしまっているのだ。
代わりに宮は、
「一応、そういうことになっているからな」
と、人界で過ごす為には仕方のないことだと、銀丸に思わせた。
どれだけ銀丸が頼りなくとも、宮一人で行動していれば、子供が一人でこんな時間に何をしているのだろうと大人達は不審がるだろうし――事実、青山と相馬の二人は、銀丸が側にいることに気付く前はそう思っていた。
それに、制約だって多くなる。
銀丸は、飾りとしてさえ機能していれば良かったのだ。
けれどこの飾り、お飾りにすらならないと言わねばならない。
「しかも私が、宮様の親」
銀丸は、まだブツブツと言っている。
実年齢で言えば宮の方が、銀丸とは比べものにならないぐらい年上なのだ。宮は、話をべつな方向に逸らした。
「人前では言葉に気を付けて、人間らしく振る舞うようにな。お宮にいる時のように、と言っても其の方は、お宮にいる時も問題行動ばかりであったか」
銀丸は「はぁ」と、頼りない気の抜けた返事をした。




