河童与之助 8
変化は駄目、術も使えぬ、家の用事一つできぬの。全くのないない尽くしの銀丸に唯一誇れるものがあるように、母親は銀丸に徹底的に書道を教えたのである。
その甲斐あって銀丸は、文字だけは人前に出しても恥ずかしくない、一丁前のものが書けるようになったのであった。
但し冥府では、筆が主流であるから、大抵誰もがうまい字を書くのである。
そうは言っても銀丸が、これで字まで下手であれば、本当に何一つ人前で誇れるものはなくなる訳であった。
青山も、この金髪の頼りない若い父親を、少しは見直したようだ。
それでも、お説教をするのは忘れない。
「こんな小さな子を、遅くまで出して。いけないよ。早く帰りなさい。探偵ごっこもいいけれど、危ないことは駄目。そういうことは、我々警察に任せればいいんです」
とは言ったものの、青山も心配になったらしい。
「ちゃんと家まで帰れるかな?」
まるで小さな子供に対するように、銀丸に向かって言った。
家まで送るべきかと、青山は思ったようだ。
銀丸は、彼等の目によほど危なっかしく映ったらしい。
それに答えたのも、宮だ。
彼等につきまとわれては、迷惑だからだった。
「大丈夫です。探偵ごっこに付き合ったら、ファミリーレストランで、パフェを奢ってもらう約束になっているんです」
宮が悪戯っぽくそう言って笑うと、ようやく青山も相馬も安心したようだ。
老成してはいても、やはり子供だと思ったらしい。
「僕も大きくなったら、刑事さんになりたいんです。お仕事頑張って下さいね」
宮は銀丸と手を繋いだまま、行こうと促して、駅の方角に向かって歩き始める。
相馬が、気を付けて帰るんだよと手を振って、それに宮も手を振り返した。
銀丸と宮は、角にきた途端、パッと路地に飛び込んだ。
宮が壁に張りついたまま、刑事達の方を窺う。
青山と相馬は二人で何か話し込んでいて、宮達が角を曲がったことに気が付かなかったようだ。
その為、話し終えて二人が顔を戻した時には、真っ直駅に向かう道には、人っ子一人いなくなっていたのだった。
青山と相馬は、幽霊でも見たか狐に騙されたかと、思わず首を捻ってしまったぐらいだ。
あまりにも、見事な消えっぷりだったからである。
もちろん宮達は、消えた訳ではない。
角を曲がったあと、宮は邪魔が入らないように、結界を張って路地の入口を塞いでしまったのだ。
為に、青山と相馬がその後路地の前を通った時は、彼等にはずっと壁が続いているようにしか見えなかったのである。




