河童与之介 3
青山も相馬も小走りになって、男の子の側に駆け寄った。
もう、九時を過ぎている。
塾か習い事の帰りかもしれないが、子供がウロウロしているような時間帯ではない。
「坊や、どうしたんだ」
暗がりになっていて見えなかったが、男の子は一人ではなかったのだ。
水溜りを挟んだ反対側に、しゃがんでいた男には、青山も相馬も気付いていなかった。
突然、暗がりに男が浮かび上がったように二人には見え、青山と相馬は肝を潰す。
ただし、もちろん相手は幽霊ではなく、人間の成人男性の姿をしていた。
足だって当然、ついている。
暗がりに屈み込んでいたのは、小柄な男と細長い男の中間、平均的な身長より少し高めの、二十代の半ばに見える、髪を派手な金髪に染めた若者だった。
髪色はともかく、若者は白いTシャツの上に半袖のチェックの赤いシャツ、黄土色のチノパンといった、ごく普通の出立ちをしている。
その若者が癇走った声で、
「坊やとは何事であるか。この方は、畏こくもおそれ多い水ノ宮司様なるぞ」
と、舌も噛まずに言ってのけたものだから、経験豊富の年上の刑事である青山の方も、思わずタジタジとなってしまった。
頭の中一杯にハテナマークを飛ばしながら、青山は男の子の顔を覗き込んで、窺うように、
「水宮、司君?」と、聞いた。
ミズノ、ミヤツカサで切るのではなく、ミズノミヤ、ツカサと切ると、確かに名前のように聞こえる。
司君と呼ばれた男の子は、青山ににっこりと微笑みかけると、こっくりと頷いた。
水宮司という言葉を知る者であれば、彼が坊やなどでなく、冥府の最高責任者である、不老不死の妖かしであることが分かるだろう。
宮は、暗がりにいた男に手を伸ばして腕を掴むと、自分の側に引き寄せた。
そして、
「お父さんは、売れない脚本家で、今は時代劇の脚本を書いているのです。そのため最近は、寝ても覚めても宮様や御家来、捕り方などで一杯なのです」
と、子供らしい声で、スラスラと言った。
青山と相馬は、はぁと気の抜けたような声を出すと、互いに顔を見合わせる。
どう受け止めていいのか、青山と相馬はいまいち分からなかったようだ。
理解できないことを前にすると人間は、現実的なことで、その場を繋ごうとするものだ。
夢でも見ているような気分のまま、まだ若い方の刑事――相馬が「お名前は?」と、職務質問する時のような、いつもの調子を心がけて聞く。
名前を問われて、宮と行動を共にしていた男は、
「しろがね」
まで言ったところで、宮に強く手を握られた為に、ハッとして口を噤む。
銀、こと銀丸も、さすがにまずいと思ったようだ。




