縁起堂 30
銀丸はその為、宮の思惑を聞くことができなくなってしまう。
思わず銀丸は、後にしてくれと衛士次官に言ってしまい「こっちが先じゃ」と、衛士次官に怒鳴りつけられてしまったのだ。
衛士次官は、宮に向かって慌てたように、
「与之介が動きましてございます。我等が包囲網を作ったことに苛立ち、与之介は結界を破って逃亡しようとしております。水界では向こうが上、水呑童子全員投入しても、押さえるのは難しいかと」と、言った。
宮は、それに慌てた素振り一つ見せずに、
「かかったか」
と、呟いた。
すぐに宮は真剣な表情になると、衛士次官に指示を下した。
「押さえず、与之介を導け。与之介が二人目の犠牲者を襲った場所。今なら、人界の捕り方や野次馬どもの所為で場が大きく乱れている筈。そこだけ開けておけ。与之介は間違いなく、そこに逃げ込む筈だ」
宮は一つ頷いて見せ、
「我等が着く頃には、人も散っておろう。我等が着くまでに、うまく誘導せよ。焦るな、追い込んでいると気付かせるな。逃げられると思い込ませよ。五分ごとに、連絡をとり合う」
ハッと衛士次官は、宮の言葉を忘れないように何度も何度も頷きながら、姿を消した。
宮も機敏に立ち上がると、電話台の横に置いてあった時刻表と電車の路線図をとった。
押し入れを開けて、子供用のリュックをとり出すと、ジッパーを開けて中を確かめた。
銀丸は、マゴマゴしているだけである。
まったく、頼りないことこの上ない。
「電車の路線図と、時刻表。財布は、鞄の中だ。必要な物は揃っている。これは、何かあった時の為に其の方に渡しておく。落とすなよ」
宮は、そう言って銀丸に、男物の財布を手渡した。
宮は、行くぞ銀丸と呼びかけておいて、点けていた台所と居間の電灯を、紐を引っ張って消した。
玄関に向かう宮を、銀丸はズボンの尻ポケットに財布を入れながら、慌てて追いかけていくだけである。
宮は、玄関先に腰を下ろして運動靴を履いている。
銀丸が、宮の支度を手伝うことを思い出した時には、宮はさっさと靴を履き終えた後だった。
早くと促されて、銀丸は慌てて靴に足を突っ込んだ。
突っかけただけでは駄目だと宮に言われて、銀丸は慌てながらも、玄関に座って靴を履く。
宮がそれを見て、紐靴にしなくて本当によかったと思っていたことは、銀丸はもちろん知らなかった。
玄関の靴箱の上に、家の鍵が置いてある。
宮はそれをとって、ようやく靴を履き終えた銀丸を促して、外に出た。
「白魔がいれば」
銀丸の、覚えず洩らした呟きを宮が聞き咎める。
「そんなもの、目立って仕方がないではないか」
呆れたように宮にそう言われて、それもそうだと銀丸も納得する。




