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縁起堂 27

 銀丸は、どのようにして人の仕業と思わせるのかを聞こうとしたが、居間の方から宮を呼ぶ声が聞こえた。

 声は、衛士次官えじのすけのものではない。

 

 宮は「たかむらか」と呟いて「挨拶一つせずに済まなかった。今、行く」と、声だけ返した。

 

 

 居間の鏡には、若い男の顔が映っている。

 これが、平安時代政府高官として活躍した小野篁こと、篁である。

 

 篁は、銀丸より幾つか年上なだけにしか見えないが、二千年から生きている不老不死の妖かしであった。

 

 

 篁は、眉目秀麗ではあるが、感情が乏しい。

 表情も人形のそれで、顔が整っているぶん、薄気味悪く見えるほどだ。

 

 篁は、生まれながらの学者であるが、はなはだ衒学的である。

 知識はあっても、知識だけなのだ。

 

 篁は、情が薄いだけでなく、笑うことも冗談一つ飛ばすこともない。

 全く正反対だったのが、晴明狐せいめいこである。

 同じく整った顔をしていて、知識の深かった晴明狐は表情が豊かで、幾つになっても遊び心を忘れなかった。


 晴明狐は、その夭柄ひとがらゆえに、冥府の者達に愛されているのだ。

 死んでなお晴明狐は、冥府の者達に愛されている。

 

 篁の方は夭々から怖れられているが、宮は彼を大変重用していて、水ノ宮に逗留している時は、時折語り合いの場を設け、火ノ宮に逗留している時も、時候の挨拶を送るのを欠かさないのだった。


 けれど宮の心遣いも、無情な篁には通じていないというのが、専らの水狐すいこ達の見方である。

 この時も、宮の詫びの言葉に返事一つ返さなかった。

 

 挨拶抜きで、用件に入ってしまう。

 まったく、実務だけの男である。

 

 

 宮は、エプロン代わりにしていたタオルを外すと、銀丸に渡した。

 洗濯カゴに入れてくれと銀丸に頼んで、己は篁の話を聞く為に、居間の鏡の前に向かう。

 

 銀丸は、自分でも失敗しないような役目を与えられて、ホッとしつつその場を離れた。

 

 

 台所の横から、狭い窮屈な廊下を通って、奥の風呂場や洗面所のある方へ向かう。

 手前には急な階段があって、真っ暗な二階に続いていた。

 

 銀丸は、まだ上には昇っていないので、二階がどうなっているかは知らなかった。

 階段の下が、ちょうど居間の押し入れになっているのだ。そのため押し入れの天井は、斜めになっていた。

 

 

 銀丸は、廊下の奥に置かれた洗濯カゴにタオルを放り込んだ後、手前にある洗面所に入った。

 銀丸は、鏡に自分の顔を映して、しげしげと見る。

 

 銀丸は、己の人間になった時の顔を右に左に斜めと見ながら、この顔もなかなかいいではないかと、眺めていた。

 自慢の毛並みなどという発言が出てくるように、銀丸は少し自己愛が強いようだ。

 

 まあ、狐というのは、自己愛の強い生き物ではある。

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