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縁起堂 26

「分かるのなら、愚かとは言えぬ。どれほど遅くとも、人間達も己らのしていることが分かる日がくるなら人は愚かでないし、気付いて遅過ぎるということもない。いつまでも気付かぬから愚かであり、だからこそ手遅れになるのだ」


 宮は、シンクに飛んだ水滴を指先で伸ばして、文字を書いた。


 人という字だ。


「人という字は、よく人間を表している」

「今にも潰れてしまいそうでございますよね」

 

 銀丸しろがねまるは、妖かしらしいことを言った。

 

 人間は、人という形は、互いを支え合っている形だと教えられている。

 しかし良く見ると、人という形は、とても危なっかしい。


「人は支え合ってこそ人というが、これではもたれあいにしかならない。己の足で立ってこそ、支え合うことができると言うのに。これでは、互いに互いを潰し合う結果にしかなるまい。それが人だ」

 人間には、耳の痛い話ではないか。


 それも、決してそんなことはないと言い切れぬことこそ、宮の言葉が深く真実を突いていることを表している。



「人は群れるし、騒がしい。人とは、我等の価値観からすれば、つまらぬ生き物だ。だからと言って、我等冥府の者が、人間を喰いものにしていい理由には、ならぬのだ。人間どもを一掃するという考えは、我等妖かしの方が、人間より上だと思っているからこそ、出てくる発言である」

 

 宮の言葉付きは穏やかだが、底には鋭いものがある。


「人間も、また一つの生き物だ。人間は人間で、良いものを持っている。彼等は、宝の持ち腐れにしてはいるがな。人間という生き物が、悪い訳ではなく、彼等のようが悪いのだ。それを忘れてはならぬ。妖かしは妖かし。獣は獣。植物は植物。そして、人は人だ」



 宮は布巾で、シンクの水を奇麗に拭った。

 人という文字も消える。

 

 銀丸は、懇切丁寧な宮の言葉のお陰で、深く納得することができていた。


「人間が人間同士、互いに潰し合うのにまで、我々が関わることはできない。しかし、人界の乱れは我々の世界をも狂わせる。人界と冥府は、言わば表と裏。ここで冥府も乱れれば、人界と冥府は共倒れだな。そうならぬ為にも、妖かしの存在は、人に知れてはならぬ」

 つまり今度の事件と、宮は言葉を続けた。


「人間の仕業だということにすればいい」


 宮は、決して最初の話を忘れていた訳ではない。

 ようやく、最初の話と繋がった訳だ。

 但し、ここまでの紆余曲折の道程は、決して無駄ではない。


「ほんの少しの状況改善ならば、難なく受け入れられるだろう。人は、自分の分かる範中のものだけを認めたいという心理が働くからな。死亡自体なかったことにするのは手間だし、大きな歪みが出てきてしまう」

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