縁起堂 23
天の裁量を待っていれば、あるのはルールを破った者に対する罰ではなく、種族全てが総崩れになる、全体の破滅だけである。
分かりやすい例を、一つ出そう。
肉食獣は、水飲み場では普通、他の獣を襲わない。
これは、一つの決まりだ。
もし襲えば、獣は水を飲みにこなくなる。
襲われるのを怖れて水飲み場に近寄れぬ獣達は、渇きで死ぬ。他の獣達が全て死ねば、結局肉を食べる獣も死ぬのである。
獣は、本能的にそのことを知っていた。だから飢えている時でも、水飲み場では獣を襲わないのだ。
ルールを破れば、あるのは破滅だけである。
規範を破った時に天が下す罰は、無情で厳しい。
だからこそ妖かしの世界では、規範を破る者を排除して、全体の破滅に繋がらないようにしているのである。
中には、生きる為でも食べる為でもなく、人や他の獣を襲う獣がいると、言う者がいるかもしれない。
妖かしの中にも、問答無用で襲いかかってくる者がいる。
しかし、それは本来的な行動ではない。
獣は、人と共存している為に、人の影響を大きく受けている。獣だけでなく植物も、人間の手が入ることで、本能を失ってしまっているのだ。
その為、食う為、生きる為以外にも、殺すことを覚える獣が出てくるのである。
妖かしも、人間の影響を受けた者が、冥府の自然の掟を破るのだ。
冥府は、全き閉じた世界ではない。
人界とは、間道で繋がっている。
膜一つ隔てて、隣接しているようなものだ。
では、仲間内で殺し合いをする赤熊が、人間の影響を受けているかと言うと、それは違うのである。
自分達が同族内で殺し合いをしている癖に、人間は赤熊の習性を残酷だと思うことだろう。
ただし、赤熊が何頭もいれば、他の種族の破滅に繋がるのである。
本来ならば赤熊は、繁殖後以外は、一頭しかいないものであった。
赤熊は、繁殖に生殖を必要としない。
それを火宮が、独自に火ノ宮で一頭を飼育しているのであった。冥府内で生きている赤熊は、火ノ宮は別な為、一頭しかいないということになる。
妖かし達は、その習性以外であれば、決して他の生き物の命を殺めたりしない。
さしたる理由もなく殺し合うのは、人だけである。
そもそも獣も妖かしも、腹が減っていなければ、いたずらに殺めたりしない。
そんな時に他の生き物と出会っても、無視するか、警告するだけで済ませる。
獣の本能にあるのが自然の掟ならば、では人の本能にあるものとは何か。
自分より強い者は倒しておかねばならぬ、食物は保存しても食べきれず、結局捨てるほどなくてはならぬ、自分達が生き残る為ならば、手段は選ばぬ。




