縁起堂 20
とにかく言ってはならぬと言われただけでは納得できぬまま、今まできていたのだろう。
銀丸の発言は、その上でのものだ。
「問題にすべきは言葉ではなく、言葉に込められた考え方の本質の方であろう」
宮は全ての洗い物を終えて、手をタオルで拭った。
乾いた布巾をとって、水切りカゴの皿をとりながら「聞かせてくれ」と、銀丸を促した。
銀丸も、そこまで言われると、話してみようという気になったようだ。
銀丸は、今までになく真面目な顔をする。
「なぜなら人間は、自分が一番偉いと思っていて、他の生き物を見下しています。人間は偉くて、犬や猫のような獣、這い虫、植物は、人間より劣ると思っているでしょう?」
「同一線上で語ることは愚かなことだと言うのが、人間には分からぬのだ」
宮の声には、深い悲しみが満ちている。
銀丸はそれに力を得て、とうとうと弁舌をふるった。
「私は、宮様と違って不老不死ではありません。老いもすれば、死にもします。それに、龍のような怪力も、嵐を呼ぶ力もありません。目くらましの幻術が使えるのと、少しばかりの賢しさが狐にはあるだけです。しかし、力のある者が偉いのですか? 知識があるだけが全てですか? どれが上でも下でもない。みんな、それぞれが個ではありませぬか」
「しかし、人は個ではなく私なのだ。だから、私利私欲にとらわれる」
宮は、茶碗を箸を、湯飲みを一つずつ拭いていく。
作業は的確だが、決して銀丸の話を疎かに聞いている訳ではない。
「個と私は、似て非なるものだ。獣や妖かし、植物を個、人を私とすればよく分かる。人のやっていることは、全て私という観念に起因していることだ。犠牲や奉仕という言葉を人は好むが、それは彼らの意識レベルをよく表している。殉職を犠牲と見るのは、人間だけだ。獣は、群れを守る為に命を失うことを犠牲とは思わない。両宮に仕える其の方らが、仕事で命を失うことを犠牲と思わないのと同じだ。己にできることをするのは、当り前のこと。己にできることをするのは、例え命を失うことであっても、犠牲ではないのだ。自分だけは死にたくないという思いが根本にあるから、犠牲という言葉も生まれてくるのだ。個となって初めて、己にしなければならぬことが見えてくる」
銀丸は妖かしであるから、自分達のことはよく分かっていた。
人間がその正反対だということは、よく知られてはいることだが、なぜそうまで違うのか、理解することは難しかった。
人間の方からすれば、妖かしのことが理解できないだろう。




