縁起堂 17
宮の言葉をずっと考えていた銀丸は、不意に名案を思いついた。
「暗示にかけて、全てなかったことにすれば宜しいのでは?」
名案と思ったのは、銀丸だけである。
宮は溜め息を吐きたいのを堪えて、
「この事件を知った者全ての、記憶を抜くというのか。どれだけの者が、この出来事を知ったと思っているのだ?」と、言った。
千人では利かないことぐらいは、銀丸にも分かる。
無理ですかと銀丸に問われて「無理ではないがな」と、宮はいささか誇りを傷付けられたような言い方をした。
宮が言いたかったのは、それをするだけの必要性も重大性も、利点もないということだ。
もし妖かしの姿で与之介が人に目撃され、それがニュースとなったとすれば、宮はためらわず、全てなかったことにするか、情報は偽物に過ぎなかったのだと人々に思い込ませたことだろう。
「絶対に必要とあれば、それもするが、今度の場合は力の無駄になるだけだ」
新たな犠牲が出るたびに、人々から事件の記憶を抜きとっていては、与之介の尻拭いをして後手後手に回るだけで、何の解決にも繋がらない。
宮がすべきことは、与之介の捕縛と、妖かしの仕業という事実から人の目を逸らすことである。
「人の噂は七十五日と言うが、ニュースを見た者も、そんな事件があったことなど、数日もすれば忘れてしまう。実際の関係者以外は、放っておいてもいちいち気にも掛けないであろうが、死んだ子供の両親まではそうもいくまい」
宮は、銀丸が何も言わない内から、銀丸の疑問への解答を与えてやるのも忘れなかった。
「初めから子供がいなかったことにすれば、彼等のほんの僅かでも子供に関わる記憶が消えることで、全ての記憶までなくなってしまうのだ」
銀丸は「はぁ」と気の抜けた返事だけ返して、神妙な顔で宮に、
「何か私で、お手伝いできることはありませんか?」と、聞いた。
宮はもう、まともな会話を銀丸と交わすのは無理だと諦め、そこのタオルをとってと、実際的な指示を与えてやるだけにする。
銀丸が、皿を拭く為の乾いた布巾を持ってくると、水きりカゴに入れた皿を拭いて、食器棚に仕舞うように言いつけた。
銀丸はホッとした顔になり、家事は母から仕込まれておりますと言って、己が先ほど使った御飯茶碗を手にとった。
茶碗などは、客用に余っている物がなかったので、この家の主の物を借りている。
銀丸は茶碗をぎこちなく布巾で拭いていたが、アッと思った時には遅く、手を滑らせて、茶碗を床に落としてしまった。
茶碗は床に叩きつけられて粉々に――ならず、床の上、十センチで止まっている。




