冥府 5
火ノ宮にも五千の夭がいて、水ノ宮と合わせれば一万になる。
火ノ宮は、勇と策の火宮様を最高責任者に頂き、公明正大、迅速解決、正確無比のもと、日々職務に邁進しているのは水ノ宮と同じであった。
水ノ宮の開放楼に上れば、火ノ宮のまるで水ノ宮の建物の写しのような、岡の上に建つ建物を望むことができる。
火ノ宮の楼からならば、火ノ宮の相似形のような水ノ宮の建物を岡の上に望むこともまた可能であった。
火ノ宮と水ノ宮は、谷を挟んで相対するように造られている。
ただし実際は、合わせ鏡により、火ノ宮と水ノ宮は向かい合って建っているように見えるだけだ。
実際は、竜馬(一日で万里を翔る馬)を飛ばしても、一両日もかかる場所にあった。
「急ぎのものでありませぬのですから、明日にすれば宜しいのに。只でさえ、宮様は働き過ぎで、このように遅くまで残務に追われておりますのに」
男の言葉には、咎めているというより、案じるような響きがある。
本当なら、書類作成は外宮係の仕事である。
火ノ宮から水ノ宮へ、互いの業務の問い合わせには、それようの窓口がある。本来なら、決して宮の仕事にはならないものだ。
火宮は、思い立ったらすぐというところがある。
熟考型の水宮とは、正反対の行動型だ。
火宮が公式の手続きを面倒がって、水宮に親書で資料を送るようにと催促してきたものと見えた。
手続きを踏めば三日はかかるのが、お役所仕事と言うものなのである。
但し、親書となると別だ。
水宮の性格上、放っておくことなど考えもつかないのだろう。
だからこそこうして宮は、寝所に入る時間をまた伸び伸びにして、書類を認めているのだ。
文が届いたのは今日であろうが、この分では明日にも火ノ宮に届けられることになろう。宮にとって余計な仕事が、このように増えていくのである。
「目に付いたのでな、何、すぐに終わる」
宮は面倒だとも思わずに、サラサラと紙に細筆を走らせている。
男は、諦めたように小さく息を吐いた。宮は男の気分を解すように、軽く笑って見せた。
案ずることなどない。私がやりたいからやっているのだよと、宮の目が語っている。
その目には疲労などなく、仕事をしている充実感に輝いていた。
男もそれを見ると、何も言えなくなってしまう。
「其の方の所で、何か変わりはあったか?」
宮は、時間が許す限り 臣下の私的な話や、近況報告にも耳を傾ける。
愚痴や悩み事にも辛抱強く耳を貸すだけでなく、的確な助言を与えることと、励ますことも忘れないのだ。
宮を敬愛し、慕う者の多い所以である。