縁起堂 13
「見えなかったのは、葉っぱが目玉にかぶさっていたから。呼んでも戻ってこないのは、茂みに引っ掛かってしまったから。もし目が戻らぬ間に、何者かに襲われて溺死させられれば、先ほど言っていたような状況になるな」
その言葉に、銀丸も納得した。
妖かしの住む冥府であらば、有り得る事件だ。
百々目鬼という妖かしは、己の意思で自由に目玉を出し入れして、飛ばすことができる。
時々、目をどこに飛ばしたか分からなくなったり、他の妖かしが誤って飲み込んで、とり戻せなくなることもあった。
これは、あくまで冥府での話である。
「事故にしても殺人にしても、人間の能力の範囲で起こり得ることでしょうか?」
「人の範中で考えようとすれば、この事件、迷宮入りするな」
と宮は、さも当たり前そうに言った。
宮は零した茶を、台布巾で拭いている。
もう地図は必要ないようだ。
「無論、妖かしの仕業に相違ない。河童子だ。但し、普通の河童子ではない。十妖のうちの一夭だ。奴は、丸くて寒天質のものを好む。水妖なれば、水界に引っ張り込むのはお手のものだ。二センチの水溜りどころか、一ミリであっても水のある所、水界の入口ありだからな」と、言った。
宮のその言葉に、ようやく飲み込みの遅い銀丸にも、通じたものらしい。銀丸は、アッと大きな声を出した。
「十妖の六、河童子の与之介」
銀丸は心底驚いて、フワァと妙な声を洩らした。
宮は別に、意味もなく、百々目鬼の失せ物の話を持ち出した訳ではないのだ。
宮の話を聞いていた相手が御書頭や捕り方頭であれば、百々目鬼の話が出た時点で、十妖の河童子――河童、河童とも言うが――の、与之介の名前を思い浮かべたことだろう。
百々目鬼とは、全身に沢山の目がある、妖かしだ。
百々目とは言うものの、せいぜい目の数は、三十個ほどあるだけである。
身の丈は一寸ほど(人界の寸法で言えば、七十センチ程度)で、灰色の脂肪が皮膜となって、プヨプヨと垂れ下がった外見をしている。
目は全身に散らばっており、赤ん坊の頃は殆ど目立たないが、大きくなるにつれ目も成長していくのであった。年輪のようなものと言える。
この百々目鬼は大人しく、無害な妖かしであった。
百々目鬼達は、邑を作って一族で慎ましく暮らしていて、揉め事など起こさない。
目をどこに飛ばしたか分からなくなるという、とぼけたところもあるが、せいぜいそれも御愛嬌だ。
十妖の一夭に数えられている河童子の与之介は、百々目鬼達の邑を遅い、邑夭達を水界の水牢に幽閉した。
そうしておいて与之介は、百々目鬼達の目玉を、毎日幾つかずつ抜いては食べていったのである。




