縁起堂 8
火宮が、宮の仕事まで引き受けると言ってくれたのは有り難いが、宮は始めから言葉だけ受けとっておくつもりでいた。
内仕事ばかり火宮にさせておくと、外に行きたいという厄介な虫が身体の中で騒ぎ出すやもしれない。
それこそ一番避けたい展開である。
「三月とは言われたが、できる限り早く、捕縛を完了させることに越したことはない。私も、こちらで本来の業務は熟すつもりだ。其の方にも手伝ってもらうことがあろう」
銀丸は、この言葉を聞くと「はぁ」と気の抜けた返事をした。
宮の仕事熱心な様子に、言葉もない有り様である。
この銀丸、とぼけたところが長兄の金丸に似ている。
金丸は堅物の真面目一徹だが、たまにとぼけた様子を見せる。
やはり兄弟、似ているものだ。
似ていると言えば、失神しやすいのも似ていると言えた。
一族的な体質なのか、それとも長兄と末弟だけの特質なのか。
ただ、金丸は黒髪だが、こちらは金髪であった。それに銀丸の方が、顔の彫りが深い。
どちらが使えるか使えないかは、宮はこのさい考えないことにした。
「菅公殿が、老体に鞭打って火宮の助けを為すと言ってくれているし。篁が実質、水ノ宮の指揮に当たることになった。篁は火ノ宮から、竜馬を飛ばしてお宮に向かっていたから、今頃はもう到着しているかもしれぬな。篁に、挨拶する暇がなかった。全く、晴明狐が存命であれば、篁を煩わせずに済んだのだが。千年狐の玉藻前の娘は、まだ若い。晴明狐であれば、よくお宮を守ってくれたことだろうに」
宮は独り言ちるように、そう呟いた。
銀丸も粛として「まことにそうでございます」と、応える。
千年狐の玉藻前や晴明狐は、銀丸と同じ狐であるが、狐達に非常に尊敬されていた。
宮の言葉に出てきた妖かし達は、この冥府になくてはならない重鎮中の重鎮である。
菅公は、長きに渡って火ノ宮に仕えていたが、十年ほど前に引退して、今は火ノ宮の中庭にある庵で、のんびりと歌など作って暮らしていた。
若い頃は菅公は、人界にいたことがある。
人界で、人間として暮らしていたのだ。
菅原道真と聞けば、日本人の多くが知る、歴史の教科書にすら載っている有名な人物である。
ただし、この菅原道真は、人ではなかったのだ。
そもそも本性は、菅公梅と言って、梅の木の妖かしだった。
菅原道真公が梅を愛したことが逸話として残されているが、それもその筈、己が梅の精であったが故なのである。
菅原道真は、人界では天神様と呼ばれて、学問の神様と崇められているが、冥府においても、最も深い知識を持っている夭物として尊敬されている。
ただし宮は、別格だ。
宮と同程度の知識を持つことは、何夭にもできぬ相談であった。




