冥府 4
「いや、何。火ノ宮からの書状だ。先日捕縛した妖かしの件で問い合わせがきてな。こちらが先から内偵していたので、資料の提供を求めるものだ」
宮は、早朝からこのように毎晩遅くまで、臣下の先頭に立って倍からの仕事を熟している。
お陰で臣下は、余裕を持って仕事に当たることができた。
皴寄せは、すべて宮一人にいっているのだ。
にもかかわらず宮は、疲労一つ見せない。
気晴らしに、水ノ宮の内宮にある庭園を散策する時間すらままならぬ。
宮が水ノ宮を離れることは、捕り方には手に余る凶悪極まる下手人が上がった時ぐらいのものであった。
ここ最近では、そういった宮の手を煩わせるほどの者は上がっていない。
それでも、細々とした仕事は減るどころか増えているぐらいであった。
宮が、仕事から一日だって解放されることは、これからもないに違いない。
五年ほど前に宮の離宮への御行が計画されたが、それは結局叶わなかった。
宮が大げさを嫌って、最低限の供を仕立てて水ノ宮を発つだけは発つことができた。
がしかし、突然入った内宮での火事の報に、大事をとって宮はとんぼ返りする羽目になったのだ。
火事はすぐに消しとめられ、御書蔵も無事であった。
火事は、捕縛された下手人の起こしたものである。捕り方から衛士への引き渡しに、手間どっている間の不始末であった。
宮の不在が、水ノ宮に仕える者達を途惑わせていたのであって、決して彼らが職務を疎かにした訳ではない。
しかしその一件があって宮仕えの者達は、宮の在不在に関わりなく、否、宮が不在であれば余計に職務に精を出し、水ノ宮を宮が戻られるまで守らねばならぬと、決意を新たにしたようなものであった。
宮は、火事の後始末の指揮や余計な仕事に追われて、結局御行はとりやめとなった。
それでも宮は僅か半刻ほどの、遠出とすら呼べないものでさえ、満足しているのである。
但し離宮に行ったところで、宮が仕事から解放されるかと言えばそんなこともないのだが。
男は、文机から垂れていた天板を開いて、その上に手にしていた盆を置いた。
男は、あちらの宮様にも困ったものだと言わんばかりに溜め息を一つ吐く。
水ノ宮だけで業務を遂行するのは、確かに難しいだろう。
水ノ宮だけでなく、警察機構と裁判所、議会を同じく司る火ノ宮という役所があった。どちらが上でも、どちらが下でもない。
火ノ宮と水ノ宮が、互いの業務がちょうど半分になるように配分しあっている。