人界 8
お代わりならあるからと宮が言うと、銀丸は頷くのももどかしく、今度はおひたしに箸をつけた。
宮も、上品に箸を動かして食事を始める。
銀丸は結局、三杯御飯をお代わりした。お代わりは、さすがに宮に任せず、銀丸は炊飯器から白飯を茶碗にてんこもりによそったのだった。
銀丸は食べるのも早かったし、大食いであった。とは言っても、丸一日銀丸は食べ物を口にしていなかったのである。
腹が減っていて当然だ。
宮は少食だったが、銀丸の食欲に当てられて、普段よりもよく食べた。但し、焼き魚は、銀丸の分だけだ。
宮は、肉や魚のような動物性蛋白質は、食べられない。
食後の茶を飲む頃には、すっかり日は暮れていた。
宮はまず、当たり障りのない話から始めることにする。銀丸がまた気を失っては、いつまでたっても話が進まないからだ。
「ここは、縁起堂という駄菓子屋だ。襖を挟んで、すぐ向こうが店舗になっている。老夫婦が細々とやっていたのだが、彼等には湯治に出てもらって、暫く我々だけで過ごせるようにしたのだ」
銀丸が尋ねるより先に宮が、
「暗示をかけた」
銀丸は目をパチパチさせていたが、やがて聞き返すように尻上がりに「はぁ」と言った後、今度は納得したように「ああ」と頷いた。
銀丸は、ひどく分かりやすい頭をしている。
宮の言葉は、銀丸の理解力の、一歩も二歩も先をいってしまったようだ。
宮は、銀丸にも分かるように、噛んで含めるように今度はゆっくりと話し始める。
「老夫婦には、十年以上も前に、家を飛び出した不良息子が実際にいてな。其の方のことを、その不肖の息子ということにさせてもらった。息子は家を飛び出した後、早くに結婚したものの離婚されたという設定になっていて、息子は進退極まった為に、己の子供を連れて実家、この縁起堂に帰ってきたという筋書きとなっている」
銀丸が、感嘆したようにほぉと言ったので、宮も安心して話を続けた。
「手のかかる不良息子で、家を飛び出してから連絡一つ寄越さぬ親不孝者にしても、心を入れ替えて、店を手伝うからとここに置いてくれと言われては、老親とて無礙にはできぬからな。それに十年の歳月は、息子に対する怒りを解くには十分であった。彼らも心の裡では息子の帰宅を待ち望んでいたので、それを利用させてもらった。父親の方が腰を悪くしていてな。前々から湯治でもという話が、出ていたようだ。家を長く空ける訳にいかぬ為に断念していたところに、其の方が戻ってきたことになる」
銀丸も、ようやく自分が一臣下であることを思い出したらしく「お見事にございます」と、堅苦しく頭を下げた。




