人界 7
思い出した途端に、銀丸の顔からはスーッと血の気が失せていった。
銀丸の身体がフラリとかしいだ為、慌てて駆け寄った宮がそれを支えてやる。
銀丸は、貧血を起こしていた。
宮の慌てる声がする。
「あっ、これ。気を確かに」
閑話休題。
失神しかけた銀丸を宮は介抱してやり、ようやく銀丸も落ち着きをとり戻すまでに、暫く時間がかかった。
もし宮が、焼き魚が焦げ過ぎないようにガスを止めるのを忘れていたら、魚は黒焦げになって、夕食のおかずが一品減ったことだろう。
敷いてあった布団は押し入れに入れ、居間には卓袱台が出されていた。
卓袱台を挟んで、宮と銀丸は向き合って座っている。
顔を洗ったことで、銀丸の顔も随分すっきりしていた。
今は、醜くないように、銀丸も服を身につけていた。銀丸が着ているチノパンとシャツは、宮が誂えておいたものだ。
「こ、これを全て宮様が、お作りになったのですか?」
銀丸は、卓袱台に並べられた食事を見ると、呆気にとられて言った。
茶碗に盛られた御飯と葱と豆腐の味噌汁。焼き鮭にほうれん草のおひたしと、白菜と人参の浅漬け、若芽の酢の物という純和風の献立である。
「伊達に長生きはしておらぬ」
宮はそう言うと、まるで悪戯坊主そのものに、にっこりと微笑んだ。
銀丸は、それに「はぁ」と、気の抜けた返事をした。
宮に食事を作らせたなど知れば、宮仕えの者は罰当りなと慌てふためくであろうし、銀丸の兄、侍従頭の金丸など卒倒したことだろう。
「さあ。冷める前に戴くことにしよう」
宮は、戴きますと手を合わせてから箸をとった。
銀丸も慌ててそれにならって、ぎこちなく手を合わせて戴きますと頭を下げる。
銀丸も箸をとったが、すぐには食べ始めなかった。
宮は御飯茶碗を左手に、箸で挟んだ米飯を口に運ぼうとしていたが、鼻をひくつかせている銀丸を訝しんで手を止めた。
宮が「嫌いな物は残して構わない」と、食べようとしない銀丸に声を掛ける。
銀丸は慌てて宮の言葉に首を振ると、
「人間臭い」
そして、
「本当に、ここ、人界なんですね」
言って椀に手を伸ばすと、葱と豆腐の味噌汁をズズズッと音を立てて啜った。
その銀丸は、椀から口を離すなり、目を丸くして「うまい」と呟いた。
銀丸は食べ物を口にした途端、空腹を思い出したとでも言うように、小鉢の酢の物を口に放り込んで、御飯をかき込んだ。
今度は焼き鮭を大きく切ると、それにかぶりつき、またしても御飯を頬張った。
宮は銀丸の誉め言葉と食べっぷりに喜んで、彼の不作法にも目を瞑ることにしたようだ。




