人界 6
大抵の者は、本来の姿を気にいっていて変化することはないが、水と火の宮に仕える者達だけは、日常的に人型をとることになっている。
その為、水ノ宮に仕える狐達は、水狐と呼ばれていた。
狐の前足では、筆を持つのも難しい。
銀丸も、水狐の一夭である。
水ノ宮に仕えている限り、普段は人型をとらねばならない。
銀丸は、ペタリと畳の上に座り込んで、ボソボソとした口を利いた。
よほどショックを受けているのだろう。宮の前であることも、頭にないようだ。
「俺は下手クソで、まともに人型もとれませんし、とってもすぐに戻ってしまうのです。同じ警吏の者に、いつも注意されていました。最近では服に隠れることが分かったので、しっぽだけは出したままにしていたんですが。もしかして俺、いつの間にか、完璧に変化術を身につけてしまったとか」
銀丸は両の拳を握り締めると、声に出して戻れ戻れと念じた。いくら念じようとも、銀丸の身体が、狐の姿に変わることはなかった。
銀丸がまたパニックを起こさない内に、宮は声を掛ける。
「其の方の変化が心許無いことは、其の方の兄の金丸から聞いて、私が術をかけたのだ。人界に於て、勝手に狐に戻られては困るからな」
銀丸は、一瞬ポカンとなった。
銀丸は、なかなか自分の立場に思い至らないようだ。
今まで一度も会ったことも、口を利いたことすらない宮を前にしていることより、己が人界にいることより、自分の姿が狐でないことの方が銀丸には大事らしい。
「俺の自慢の毛並みが、毛がない」
銀丸は、細く薄い己の金色の脛毛を撫でながら、こんなの嫌だと泣き言を言っている。髪は脱色したものではなく、自前のものらしい。
宮は、頭が痛いと言うようにこめかみを押さえた。さすがに宮の頭にも、夭選を間違えただろうかという思いがよぎった。
宮の裁量に今まで一度たりとも間違いはなかったが、今度ばかりは愚かな判断を下したと言わざるを得ないだろうかと、宮は自問自答していた。
しかし、そう結論を急ぐことはないと、宮は思い直す。
決して心の裡が見えないよう、宮は笑顔を銀丸に向けた。
「其の方が目覚めたら、昨夜の話を聞こうと思っていたのだ。昨夜と言っても冥府では、先々日のことになるのだがな。ここに来るまで色々あったから」
銀丸も、ようやく宮の言葉に耳を傾ける気になったようだ。
「昨夜」
銀丸も遅まきながら、昨夜のその出来事を思い出したらしい。
まったく遅過ぎるぐらいだが、銀丸が昨夜受けた衝撃を思えば、忘れていたいという気持ちが働くのも、当然であるかもしれない。




