冥府 2
そして今のように、灯りは洩れても室内の様子は見えなくすることも、灯り一つ洩らさぬことも、はたまた室内の様子を見ることができるようにも、状況に合わせて臨機応変が利く。
それだけでなく、耐性もあった。
どんな頑丈な扉よりも固く、歓迎されぬ侵入者を拒む。
この布は、怪力無双の龍であっても突き破ることはできなかった。これほど入口を守るに相応しいものは、ないのである。
内殿や外殿で、要所要所に、この特殊な繊維で織られた布や紐が使われていた。
夜御殿は二間からなり、厳密に言えば奥にある寝所だけを指すが、手前にある宮の私的な居間も含めて、夜御殿と呼ばれている。
居間とは言っても、殆ど書斎と変わらない。
書斎は書斎で別にあるのだが、そちらに収まりきらなくなった本が、居間をも占領していると言えた。
これ以上本が増えるようならば、新たに書庫を増設しなければならないと宮仕えの者達は思っていたが、書庫が必要になる日も、もう間近だろう。
広さ、約十五畳ほどの部屋の壁には、書架が設えてあった。
ここでの一畳は、人間の大人が手足を伸ばしても優に余る大きさがある。
それだけの広さがあるにも関わらず部屋が狭く感じられるのは、高い天井まで本のぎっしり詰まった造りつけの書架と、書棚のない入口側と窓側の二面の壁際に寄せられた、大小様々な葛籠や長持、箱、匣、筐の所為だ。
巻物や竹簡、他にも貴重本や特殊な形をしていて書架に収まらないものは、葛籠や長持に仕舞われている。
入口のすぐ側にも、大きな葛籠がまるで忠実な犬のように控えていた。それらは、暗い闇の中に踞まる獣のように見える。
それで言えば、部屋の中央に置かれている、凝った細工の施された文机こそ獣のようだろう。
昼ノ御座所、朝議ノ間に置かれた文机より一回りは小さいが、それでも黒い獅子が横になっているような、重厚な威圧感がある。
文机の前にある、幾らか慎ましく見える寝椅子と円卓が、辛うじて居間の体裁を繕っていた。
室内灯は点っておらず、文机の側の灯り皿にだけ晧々と青い炎が燃えていた。
部屋に置かれた調度は全て黒檀で、手の込んだ細工が施されている。
その細工されている模様は冥府様と言う図柄で、中国風日本風西洋風中東風と、何の秩序も見られない。それが、不思議と調和していた。
男の格好にしても、直衣でありながら髪は束髪で、烏帽子をかぶるでもない。