人界 4
但し、冥府の者が人界に下りることは、冥府の法によって規制されている。
規律と統制とは無縁に見えるかもしれないが、彼等妖かしの世界は、人界よりも優れた法治国家である。
妖かし達に規律と統制を与えるのが、水ノ宮と火ノ宮と呼ばれる、二つの役所の仕事であった。
両宮が、警察と裁判所と議会の三つを兼ねている。
人界では、権力が一つところに集中することは、専制政治に繋がると思われているし、事実権力が集中すれば、専制的な政治が行われることになる。
それこそ、人界が冥府より劣る所以であろう。
人界には一人として、徳と智、勇と策を兼ね備えた為政者はいないと見えた。
策を弄することも時として必要だが、それだけでは国を治めることはできないのは、みな人の知るところであろう。
敢断な処置をとる勇気、深い叡知、そして慈悲と恩情の心。時として策も使う、硬軟とり混ぜた柔軟さが、上に立つ者には必要と言えよう。
しかし冥府には、火と水の両宮がおられる。その両宮がおられる限り、冥府の調和は絶対だ。
人界と行き来をすることは、冥府の調和を乱すことに繋がる。
何と言っても人界は、冥府よりも社会機構が進んでいない。
だからこそ人界と国交を結ばず、冥府の存在も人間達には、ひた隠しにしているのであった。
その為、人界への如何なる干渉も、両宮によって戒められているのだ。
既に住み着いている者や住み着いてしまった者は仕方がないが、新たに人界に下りる(人界に行くことを、冥府の者は下りると言う)ことは、固く禁じられていた。
人界に下りることは、穴抜けと呼ばれていて、重い罰則が課せられている。
禁じられてはいるが、それにも情状酌量の余地は残されていた。行き来じたい、許されることもある。
両宮の下す判断に、間違いはなかった。
そのため冥府では、冤罪などというものは起こらない。
犯罪者を上げることは、冥府では功ではない。生活に、不可欠なものであった。
価値観からして、冥府と人界とでは違うのである。
中には、人間には理解できない考え方もあるだろうが、それらが人間達に理解できるようになるまで、後千年からかかると見えた。
長命かつ、不死者の多い妖かし達にも、千年は気の長い話だ。
その頃なら人界に、冥府の存在が明らかにされているかもしれない。しかし、今はまだまだその時ではない。
人界に住み着いている妖かしが、人界に害を及ぼすこともままあったが、よほどでない限り、人界には関与しない。
それでも犯罪者が、追っ手を怖れて人界に逃げ込むこともあれば、人間どもを一掃して、人界を冥府と同じに作り変えて、己が支配者になろうとする不届き者も後を断たない。




