人界 3
男の子は一つ溜め息を吐くと、膝をつき、男の肩を揺すった。
「銀丸。私です」
男の子の声は、とても落ち着いている。
肩を強く揺すられて、ようやく銀丸は目を覚ました。
銀丸は目を開けると、自分を覗き込んでいる男の子の顔を、マジマジと見つめていた。男の子は、軽く微笑んで、一つ頷いて見せる。
銀丸は、寝起きはいいようだ。
銀丸は、自分を揺り起こした相手が誰だか悟った途端、バッと体を起こすと、ズザザザザッと壁際まで後退した。
銀丸の狼狽ぶりは、見事なまでである。
銀丸が以前に、姿見で拝見していた姿とは違ったが、それでも自分の目の前にいる夭が、何者か分からない筈がなかった。
姿形は変わっても、本質は何ら変わることはない。
「み、宮様」
銀丸は、失禁するほど驚いていた。
銀丸は、ぴったりと壁に背中を押しつけて、のけぞりながら男の子を見ていた。
まるで怯えているようにも見える。
男の子は、銀丸をそれ以上刺激しないように、如何にもと言うように、大らかに頷いた。
宮様と呼ばれた通り、この男の子は、唯の子供ではない。実は、子供ですらない。
人間が暮らす世界とは別に、冥府と呼ばれる、妖かし達が暮らす穢土という世界がある。
冥府の存在は、人間の知るところではない。
物の語りに、地獄や極楽と言った名で呼ばれることもある程度であった。
但し、心底地獄や極楽の存在を信じている者などまずいない。
話にあるそういった別世界と、冥府が似通っているかと言えば、これは全く似て非なるものであった。
所詮、人間の作った空想の産物だ。
しかし人間の暮らす世界以外に、別の世界があるという考え方だけは間違ってはいない。
冥府の者は、人間の暮らす世界を人界と呼んでいる。人界の存在は、よく知られていたし、冥府から人界へ行くことも可能であった。
ただし、大抵の妖かしにとっては、人界は魅力に乏しい場所である。
居心地のいい冥府を離れて、わざわざ人界に行こうとする物好きもない。
なぜ妖かし達に人界が嫌われるのか。
まず、一つ目。狭い。
後は気候。
昼になれば日が昇るのも、妖かし達に敬遠される理由であった。冥府は、后でも薄暗い。
永久に日の差さない、広大無辺な大地は、湿度が高く気温は低かった。
冥府ほど、妖かし達に住みよい場所はない。
但し、妖かしと言うのは、耐性と適応能力が高い為、人界でも立派に生きていくことはできた。不快ささえ、我慢すればいいのである。
それもあって、人界に住み着いている妖かしも多くいた。人界生まれの人界育ちの、冥府を知らない妖かしもいる。
妖かし達は、しっかり人界に根付いて、種族の存続に励んでいるのである。




