人界 2
男の子は踏み台を下りると、レンジ台のグリルを引き出して、鮭の切り身の焼け具合を確かめた。
炊飯の、炊きあがりを知らせる音がする。
もう少し焼いた方がいいと焼き魚は置いて、炊飯器に向かうと蓋を開けた。熱い蒸気が、モクモクと立ち込める。
水滴をサッと布巾で拭い、しゃもじでよく飯をきってから蓋を閉めた。
男の子は、こまめに動き回っている。
台所は、居間と二間続きになっていた。
台所も居間も狭いだけでなく、とても古い造りになっていた。
何もかも、煤けている。
炊飯器やガスレンジなどの辛うじて文明の匂いのする電化製品も、幾世代も前のもので、いつガタがきてもおかしくないように見えた。
居間の中央には、布団が一組敷かれて、そこに男が横になっていた。
今は、朝ではなく夕方である。
男は、具合が悪いようには見えない。気持ち良さそうに眠っている。男は、夜の仕事をしているのだろうか。
男の子が、忙しく立ち働いていることにも気付かぬほど、男は熟睡している。
全ての支度が済むと、男の子はタオルで手を拭きながら、居間に足を向けた。
男の子は、布団の枕元に立って、眠っている男に声を掛ける。
「銀丸。銀丸。そろそろ食事にしたいので、起きて欲しいのだが」
子供らしい細く高い声で、男の子は慎ましくそう言った。
子供とは思えない、老成した上品な話し方である。こんな話し方が、子供達の間で流行っているのであろうか。
どこにでもいそうな平凡な、その年頃の男の子と、今の彼の話し方は釣り合いがとれていなかった。
男の子と眠っている男は、一体どういう関係なのだろうか。
銀丸とはまた古風な名前である。
銀丸と呼ばれた男は寝相も悪く、掛け布団から飛び出していた。男は、トランクスとタンクトップ一枚だけの姿で寝ている。
あまりみっともいい格好ではない。
銀丸は、声を掛けられると、眉を顰めてううと唸った。
「母上。今度こそ、今度こそ試験には合格しますから」
銀丸は、髪を脱色した、どこにでもいそうな若者の姿である。
寝言であっても、間違っても母親のことを母上とは呼びそうには見えない。
名前と言い言葉使いと言い、見た目とは裏腹に、ずいぶん時代掛かっていた。
男は、二十代の半ばほどだ。
男の子の父親にすれば、少し若過ぎるか。かと言って、兄とも思えない。
男の子の髪も茶髪だが、これは元々かもしれない。
銀丸は、どうやら夢を見ているらしい。目覚める気配はなかった。
男の子がもう一度口を開くより早く、銀丸は、苦しみもがいた。銀丸は、怖い夢を見ているようだ。
「ひぃ。追い出すなんて無体なことは」
銀丸はそう言って、ギュッと布団にしがみついた。




