餓鬼大夫 5
一度など、居間にある鏡(水鏡の代用に使っている)で銀丸が、自分の顔を映して染み染みと見入っている最中に、冥府の篁が宮に話があって連絡をとってきたことがあった。
銀丸が、俺ってばなかなかとやっているのと顔を突き合わすことになった篁は、普段全く顔の表情を変えないにも関わらず、その時だけは驚きのあまり顔を強張らせたぐらいだ。
篁の顔色を変えさせるなど銀丸ぐらいだと宮はおかしがっていたが、篁ははっきりと銀丸に敵意のある視線を送ってきたのだった。
けれど銀丸は、本来単純な生き物だ。落ち込んでも、すぐに回復する。
ひげを生やしたことで、銀丸はますます今風の若者になっていて、とうてい人の親には見えない。
別に宮は、銀丸の子供ではないのだが。
そもそも、どちらがどちらか分かったものではなかった。
「ええい、気安く触れるな」
宮は身をよじって銀丸の顎をよけると、ペチンと銀丸の頬を張った。
茫然と叩かれた頬を押さえて、銀丸は宮を見た。
銀丸には、何が起きたのか分からない。
「宮様?」
銀丸の姿を見てとった宮は、ギョッとした。
銀丸は、トランクスにタンクトップ一枚の格好である。
宮がパジャマを買ってやったにも関わらず、寝る時ぐらいは衣服を着たくないと、銀丸が駄々をこねた結果だ。
裸で寝ることだけは、宮が止めた。
しかし宮は、そんなことも忘れたように顔をしかめると、
「何と汚らわしい格好じゃ」
と言って、銀丸の顎をペチペチと叩いた。
銀丸は泣きそうになって、今しも居間に顔を出した男を見るとホッとして、尊敬する長兄の元へと駆け寄ったのだった。
「兄上、宮様がいじめます」
銀丸の兄の金丸は、白の半袖の開襟シャツと灰色のズボンを身につけ、顔には銀縁眼鏡をかけている。
手にしているのは朝刊だ。
銀丸は、兄の胸に抱きついた。銀丸の方が、金丸より少し上背がある。
「な、何を寝惚けている?」
狼狽し動揺した金丸が、慌てた声を出した。
銀丸と金丸の見た目は、十は違う。
金丸にとって一番末の弟など、赤ん坊もいいところであった。
金丸が大人で、働いていた時も、銀丸はまだ子供であったのだ。
仕事の休みをとってたまに家に帰ると、まだ子供だった銀丸に、兄上遊びましょうとやられ、その度に金丸は困惑してしまうのだった。
それを見ると母親が、慌てて銀丸を追いやるのが常であった。
金丸は、一族一の有望株であったのだ。弟の世話など、させる訳にはいかないのである。




