餓鬼大夫 3
宮は、金丸が自失してはたまらないので、慌てて立ち上がると金丸に駆け寄って、その身体を支えてやったのだった。
その頃の冥府、火ノ宮。
執務の間の文机を前に女官礼服姿の女童が座り、差し出される書類にペタリペタリと印を押し。
押し終わったものを、左隣に控えている火狐(外宮係)の持つ盆に載せると、右隣の火狐が持った盆から新しい書類を一枚とり。
それにも印を押し――と、その作業が果てしなく繰り返されている。
盆を捧げ持つ二人の火狐達は、いつ火宮が疲れたとか飽きたとか、何か口に入れたいとか、暇潰しに何か話をしろとか芸でも見せろと言い出すかと、気が気ではなかった。
上官の外宮頭には、火宮にどんな無理難題を出されても、必ずやって火宮を満足させるようにと言われている。
火宮が仕事に飽きた時が、危険な時だ。
もしそのような時にちょっとでも目を離して、火宮に勝手に出かけられてはかなわない。
同じ冥府の中ならまだしも、それが人界ともなると、考えることすら恐ろしいことであると言えよう。
火ノ宮の中は、ずっと緊張感が漂っていた。
火宮が、人界に行きたいと言い出した時からだ。
死神佐平に続いて又兵衛蛛蜘が捕縛を受け、冥府はその御書の管理などで慌ただしくなった為、火宮もバタバタしていて人界行きどころではなくなっていた。
それから一週間ばかり。
人界の方では全く動きがなかったが、こちらの火ノ宮でも特別な動きはなかった。
火宮は、人界に行きたいなどと言ったことが嘘のように、ひっそりと職務を熟していた。
それが嵐の前の静けさだと、火狐達はみな感じている。
火宮の逃亡の良き利用者とされる〈身代わり地蔵〉と乗騎の赤熊と、侍従頭の玄孫の水鶏丸には、水宮が留守となったその日からお目付け役がつけられ(宮の指示による)火宮に近付かないように言い渡してあった。
もちろん火宮は、人の目をかい潜って、自分の行きたい場所へ現れるのが常であったが。
その為、水鶏丸は家に連れ戻されて、火ノ宮にはいなかった。
〈身代わり地蔵〉も暫く前から、火狐の寮ではなく、本来の地下の自分の家に潜り込んでいる。
それでも火狐達は時々、〈身代わり地蔵〉と水鶏丸・赤熊が冥府から消えていないかを、確認することを怠っていなかった。
但し火宮は、冥府一の策士である。
いつもいつも、火狐達はまんまと騙されるのだ。
策を練らせたら、火宮の右に出る者はいない。
己の才能を仕事上に役立てるだけならまだしも、火宮は自分の悪戯にまで使うので、火狐達はいつも気が抜けないのだった。




