餓鬼大夫 2
その押し入れの奥に間道を開いており、宮が目を通す必要のある書類が、冥府から毎日膨大な量が送られてくるのだ。
宮は毎晩、銀丸を寝かし付けたあと二階に上がって、遅ければ二時三時までかかって、決裁を行う。
冥府と日本では、昼夜が逆転している。
人界で夜は、冥府は昼間だ。
宮が水宮としての職務に励んでいる頃、銀丸はとっくに夢の中であった。
銀丸の夜は早く、朝は遅い。
夜中、一夭で仕事をしていると宮は、金丸が眠る前に体を温める為に出してくれていた飴湯が懐かしくなる。
寝る前に金丸が飲み物を出してくれるのは、ここ何十年と続いて、宮の生活の一部になっていた。
もちろん、牛乳でも温めて自分で飲むことはできる。
ただ、それはしたくなかった。
宮は書類に目を通している内に、ほんの少しうつらうつらしたようだ。
それほど長い間眠った訳ではないだろうが、ハッと宮が目を覚ますと、部屋の中には直衣姿の金丸が立っていた。
押し入れの前に立って宮の方を見る金丸の、白い面のような顔が困惑げだ。
「疲れているようだ」
宮は閉じた瞼を手で覆い、顔を撫でる。
「ありもしない幻覚を見てしまうとは」
宮は、溜め息とともにそう呟いた。
金丸に会いたいと思うばかり、幻影を見てしまったのだろう。
金丸は、今頃冥府だ。
それとも、会いたく思う所為で、金丸が出てくる夢を宮は見ているのだろうか。
その時、押し入れから姿を現した者が金丸に、抱いて自分を床に降ろせと横柄な仕草で指示を出した。
その者は衣に裙を着け、足には鼻高沓を履き、髪は宝髪に結い上げる女官礼服姿をしていた。
金丸が抱き上げて、その八つか九つに見える女童を、床へと降ろしてやる。
女童が腕にかけた領布は、だらしなく背中でたるんでいる。その女童が誰か分かると、宮もしっかりと目が覚めた。
夢を見ていた訳ではない。
「あ、姉上様」
縁起堂の二階の床に降り立った火宮は、
「久しぶりであるの」
と、宮に声を掛けた。
火宮の顔には、自信満々な笑顔がある。
してやったりといった顔を、火宮はしていた。
宮が、追い返したりしないと分かっているのだ。
流石に茫然となるのを、宮は隠せない。
「また、身代わり地蔵を置いてきたのですか?」
宮は呆れたようにそう言うと、こめかみを押さえた。
困惑した顔の金丸がクタクタとその場に座り込んで、蚊の鳴くような声で「申し訳ありませぬ」と、謝罪の言葉を出す。




