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餓鬼大夫 1

「私も、人界に行く」

 火宮は、きっぱりと宣言した。

 

 少年は、反対にオドオドとする。

「宮様までそのように、わらべのようなことを仰って」

 その言葉に火宮は、フフンと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「私は弟とは違って、出来てはおらぬからな」

 

 少年は目を剥いて、火宮に迫った。

「そのようなこと、許されませぬ。水宮様だけでなく、宮様までおられなくなれば、冥府はどうなるのです」


 火宮はもうそれを無視して、スタスタと少年を置き去りにする勢いで歩き始めた。

「行くぞ。絶対、私も、人界に行く」


 火宮の声には、もう決めたという響きがある。

 少年はあまりのことに、その場に根でも生えたように動けなくなった。

 

 火宮の姿が、遠ざかる。


「宮様。なりませぬ。そればかりはなりませぬ。今度ばかりは、身代わりなど絶対に務めませぬからね」


 身代わり地蔵と呼ばれる妖かしの少年は、心からそう叫んだが、策を弄するのに頭が一杯の火宮に、聞こえたかどうかは怪しいものだった。



【見事、死神佐平を捕縛された水宮司様でございますが、冥府の方では何やら一騒動持ち上がりそうな気配。


 火宮司ひのみやつかさ様の、よからぬ虫が騒ぎ出した模様にございます。

 

 佐平捕縛のあと、そう間を置かず、弱っておりました又兵衛蛛蜘が、水呑童子すいてんどうじの活躍により捕縛となり、残る十妖じゅうようは二体までと相成りました。


 水宮司みずのみやつかさ様が一息つく暇があるかと思いきや、火宮司様の問題がまたしても水宮司様の頭を痛める種になりますれば、人界は、はたまた冥府は水宮司様は、一体どうなりますことやら】




 其の三 餓鬼大夫


 縁起堂 二階


 縁起堂の二階には夫婦の寝室と、家を出た息子の部屋だった、の二つの部屋がある。

 主人が腰を痛めて以来、夫婦は一階の茶の間で寝起きしていたようで、二階の部屋は使われていなかった。

 

 宮は、その二階に冥府との間道かんどうを繋げて、人界へと降りてきたのである。

 襖を開けた先は、そこは冥府と同じだ。


 普通の人間が間違って部屋に入ろうものなら、呼吸困難に陥ることだろう。

 もちろん人間が冥府で生きていくこともできるが、冥府の空気は人界の空気よりもずっと水分量が多いのである。


 二階の、夫婦の寝室だった部屋は、仮設の宮の書斎へと模様替えをしていた。

 カーテンは昼も夜もぴったりと閉じられ、冥府の灯り皿に青い炎がともっている。


 冥府から運んだ小振りの文机の周囲には、巻物や和綴じ本などがところ狭しと積み上げられ、長持や行李などが壁際に寄せてあった。

 元々からであった押し入れは、開け放したままだ。

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