死神佐平 25
他者の命を奪わずとも死神は、生きていけるのだ。
それならば、なぜ命を奪う必要があるのか。
奪われたものは二度と戻らない。失われたものは決して戻らないのだ。
男が無造作に、冥府でそして人界で奪った命、一つ一つが大切だったのである。
人間のように自分のことしか考えていない、他の命を粗末にする愚かな生き物であっても、その彼等の持つ命一つ一つですらかけがえのないものなのだ。
人々が気付かずに無駄にするのはもうどうしようもないが、男が奪うことは許されることではない。
寿命すら尽きていなければ、人々には幾らでも更生のチャンスがある。
それを男は、奪ったのだ。
女のダラリと垂れた右手に気付くと、男はアッと息を飲む。
生きている時にはパジャマの袖に隠していたが、女は男の贈ったブレスレットを身につけていたのだ。
贈ったあと、それを女にどうしたのかは聞かなかった。
ただ男は、あげたかっただけだ。
そのあと女が捨てようとどこかに仕舞いこもうと、それはどうでもよかった。
ただ女の為に買って、それを渡すことだけが、男にとって大事だったのだ。
女がそれを身につけていたことを知った途端、男は身も蓋もなく泣き叫んだ。
死んだ女の身体を、男はきつく胸に抱いている。
「誰か、誰か俺を救ってくれ」
静かな、そして全てを包み込むような温かい声が、男の耳に響いてくる。
「救って欲しいか?」
男は女を掻き抱く手は緩めぬまま、ハッとして顔を上げる。
視線の先に立っていた者に気付くと、男の目は驚きにありありと見開かれた。
「水宮」
ベンチから数メートル離れたところに、八つか九つほどの男の子が立っている。
ブルーのTシャツに白の半ズボンをはいた、栗色の髪の毛の男の子だ。
男は、その男の子に会うのは初めてだが、その子が何者かはすぐに分かった。
別な姿でなら、会ったことがある。
その時は、男ももちろん今の姿ではなかった。
男が水宮と呼んだように、その男の子は水宮司という。
但し、見た目通りの普通の子供ではない。
子供の姿をしてはいるが、男と同じ不老不死の冥府に住む妖かしだ。
しかも水宮司は、冥府をとり仕切る最高責任者の一夭であった。
もう一夭は火宮司と呼ばれていて、その火宮司の方とも男は以前顔を合わせたことがある。
男は八百年前、水宮司と火宮司の二夭によって捕らえられ、神名帳に封じ込められたのだ。
水宮司と火宮司は、政治家であり警視長官であり裁判長であり、そして冥府の王でもあった。
水宮司と火宮司は、その役目に基づいて、罪を犯した男を罰したのである。




