死神佐平 24
「ほら、私、ずっと病院じゃない? ここのね、お医者さんって、全然イケてないのばっかり。実験動物に対する同情心しかないのよ」
前を向いた女の目には、怒りがこもっていた。
吐き捨てるように言ったあと、女は再び男の方を見る。
その目には、涙が浮かんでいた。
男は、ハッとなる。
「私ね、管とか一杯つけられて苦しみたくないの。死ぬなら一思いがいい。苦しみを引き伸ばされるなんて嫌。死ぬのだって怖いのに、怖いのは早く終わって欲しいもの」
女の目から、ボロボロと涙が溢れる。
初めの日、死ぬのが怖くないかと男が聞くと、女は怖いに決まっていると答えていた。
それでも、絶対に変えられない運命があることを女は知っている。
だったらせめて、苦しみたくない。
それが死を怖れる生き物の、死を、痛みを怖れるゆえの心からの思いなのだろう。
男は自然に、女の肩を抱き寄せていた。
女は抵抗せずに、男の胸に顔を寄せた。
まだ、女は静かに涙を流している。
「俺なら、君を一瞬で殺してあげられる。殆ど苦しむこともない」
女は涙に濡れた瞳で、男を見上げた。
「死神は、人の命を食べて永遠に生きるんだ。君に残った最後の命の一滴を、僕が食べてあげるよ」
女は、無心に男を見つめている。
「あなたの命になるの?」
男は、にっこりと女に微笑みかけた。
「そうだ。僕の命になる」
女は安心したような、笑みを見せた。男は、女を抱くようにする。
「王子様のキスで、眠り姫は目覚めるけれども、死神のキスは、永遠の眠りをもたらすのさ」
男は、自分でも気障な台詞だと思ったが、最後くらい格好いい奴でいたかった。
クスッと女が笑みを洩らす。
死ぬ前に笑わせることができた。それだけで、男は良かった。
「ロマンティックだね。最初で最後のキスなんて」
男は目を閉じた女に、自分の唇を重ねた。
そして男は、ゆっくりと女の僅かな命を味わった。
女の身体からスッと力が抜ける。
男が目を開いた時、女は男の腕の中で息を引きとっていた。
殆ど苦しまないと男が言った通りに、女は柔らかな表情をしている。
「俺の命を分けてやれたら。どうして生き物には寿命が決まっているのだ」
男の眼尻から、涙が一つ零れた。
男は初めて、命の貴さを思う。
己が不老不死で食べずに済むのなら、自分がどれだけ苦しくとも誰の命も奪いたくないと、男は痛烈に感じたのだ。
他の死神達は、それを知っていた。
だから、一番苦しいことを自分に課せることを、苦痛ではなく当然だと思っていたのだ。




