死神佐平 22
しかし男は、人間ではない。
死神だ。
死に近いと判断するのは、顔色や体調とは全く別のところにある。
人間――いや、生き物には定められた寿命があるのだ。
それを伸ばすことは、決してできない相談だった。
男はその日、一時間待ってついには諦めた。
女が心配で男は、その日眠れぬ昼を過ごした。
結局夜になって少しうつらうつらはしたが、とりとめのない夢ばかりだった。
冥府にいた頃の、男がまだ永久凶悪犯となる前の記憶が、夢に現れた。
それらの日々が今の男には、とても素晴らしい日々であったと感じられるのだ。
別に大したことはない、本当に些細な出来事ばかりで、男は思い出すことすらなかったのだが。
もしそれらの出来事を、その時に感じた自分の気持ちを男が大切にしていれば、男は罪など犯さなかったことだろう。
男の暮らしていた庵の側の岩場の岩と岩の隙間から、顔を出していた薄い青色の花。
男が、無理やり自分の足に使うのに捕まえた黒犬が、男をひどく怖れていたにも関わらず、一度だけ男に見せた無防備な寝顔。
水鏡で見た儀式の折りの水と火宮が、たまたまその時、全く同じ様子で前を歩いていた侍従の着物の裾を踏んでしまったこと。
これと言って、何といったこともない光景なのだが、男はそれらがひどく愛おしく思えた。
死体はそろそろ、普通の人間には耐えられないほどの臭気を撒き散らし始めていた。
その次の日、また病院に行ってみると、既に女はベンチに座っていた。
男は、それを喜ぶ暇はなかった。
男は女を一目見るなり、分かってしまったのだ。
女も、男が来たことにすぐに気付いたが、男が女の死期が近いことを悟ったことに、女も気付いたようだった。
「あなたには、私がもう駄目だってこと分かるのね」
女の方が先に、男に話しかけてきた。
「昨日も来てくれたんだ?」
女の、謝罪の言葉を続けそうな気配を感じて男は慌てて言った。
「言ったじゃん。病院好きだって」
男は、軽くそう言う。
まともに女に向き合っていられなかったからだ。
男はベンチに腰掛けたが、女の方は見なかった。
本当はいつまでも女を見つめていたかったが、途惑いばかりが先に立つ。
最初に女と会った時に男が感じたのは、女が死とどう向き合っていくのか知りたいという興味だった。
それはすぐに、ただ一緒にいられればいいという気持ちだけになった。
病院が好きだというのは本当だが、昨日も、そして今日も来た理由にはなっていない。
男は嘘を吐いた。
本当は、女に会いたかった。




