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死神佐平 20

 ほんの十数メートルの距離で、女は息を切らせていた。

「本当に、来たの?」


「来るって言わなかったっけ?」

 男がそう答えると、女は呆れたように、

「絶対、からかってるんだと思ってた」と、言ったのだった。


 女は、男が約束通り来たことに心底驚いているようだ。

 ここに来たのもいつもの習慣で、男が来ているとはこれっぱかりも期待していなかったらしい。


 

 女はベンチに腰掛けると、

「回診で、なかなか医者が出ていかなかったの。どうせ何やっても、無駄なんだから、一々私に構わないで欲しいのよね」

 と、腹立たしげに言う。


 男は、女が時間に遅れた理由を知って、帰らずに良かったと思っていたのだった。そう思った自分を、男は不思議に感じたのだ。


 しかし、不思議なことはないのかもしれない。


 女は、逃れられない死に向かっているのだから。



 女がベンチに腰を下ろすのを見計らって、男はポケットからとり出した愛想のない小さな紙袋を、女の膝に放り投げた。


 女が、不思議そうに男を見る。

「何これ?」

「見舞いなのに、何も持ってこなかったら悪いと思って」

 女は紙袋を開けて、中のアクセサリーを手の平に載せた。


 そのシルバーの腕輪を見る女は、無言だ。

 見舞いに贈るに相応しい物ぐらい何か男は知っていたし、もちろん女の子にプレゼントして喜ばれる物だって何かは知っていた。


 ただし、花やケーキを贈ることは、人間ではない男には理解しがたい習俗である。


 切り花など、花の死体ではないか。

 それに、死の近い者は、別の命を奪わないものだ。

 死を悟った妖かしは、死に向かう数日を食物なしで過ごす。


 男は別に、女に喜ばれたかった訳ではない。

 ただ、上げたかったのだ。


 男は戯けて、

「よくない?」

 と、聞いた。


「よくなくないことはないけど」

 女は複雑そうな顔で、歯切れの悪い言い方をする。


 どう受け止めるべきか、分からないのだろう。


 男はその、髑髏のデザインの腕輪を突つく。

「俺に似てるから」

 

 昨夜の、それが唯一の男の買い物だった。

 路上で売っているのを見つけて、女にやろうと決めて買ったのだ。


 女は、昨日と全く同じ台詞を口にする。

「変なの」


 本当ならば、悪趣味だと馬鹿にしているのかと、不愉快な気分になっても仕方がない筈だ。


 しかし女は、やっぱり困惑しているように見える。


 こんなあからさまな死をネタにした冗談を、女に直接言うような人間はいないだろう。


 べつに男は悪趣味だとも思っていなかったし、馬鹿にしている訳でもなかった。

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