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予算を使い切る達人

あの事業仕分けの悪夢から、1年以上が経った。

その日、野尻は、埼玉県にある科研本部の会議室で、1人の男の報告を聞いていた。男の名は、坂井秀樹。神戸にある、理科学研究機構の再生・発生科学総合研究センター、通称、科研CBDの副センター長である。

「以上の成果を持ちまして、理科学研究機構のプレゼンスを示すとともに、国民の広い理解を得られると期待できます。」

そう締めくくった境の報告を聞いて、野尻は満足そうに頷いた。

「(この男に任せておけば、全て大丈夫だ。)」


あの悪夢以来、野尻は、科研の研究がいかにして国民の理解と賛同を得られるか、そればかりに腐心してきた。スパコンの時のような騒動はもう二度とごめんである。同じ轍を踏まないためにも、科学に疎い一般市民にもアピールできる、分かり易い成果が必要なのだ。科学の進歩にどれほど貢献する研究であろうが、そのことをどれだけ言葉を尽くして説明しようが、その説明を国民が理解できなければ、何の意味も無いのである。それよりも「一流の論文誌に論文が掲載された」「ノーベル賞に値する」「教科書を書き換える」といったセンセーショナルな単語を用いて飾ることの方がはるかに効果的なのだ。野尻もまた科学者であるので、科学的な意義よりも、言葉による粉飾を優先する今のやり方が正しいものとは思わない。だが、全ては、科研に「科学者の楽園」を復活させるという、自らの夢の実現のためには必要なことなのだ。

そして、今、目の前で報告をしていた男、坂井は、その夢の実現に欠くことのできない人材である。坂井もまた、「科学者の楽園」の復活を目指しており、言わば野尻と夢を共有する同志であった。無論、坂井は科学者としても極めて優秀であり、今まで多くの研究成果を積み重ねている。彼の書く論文は度々、誰もが知る一流の論文誌に載っており、常連と言ってもよい程だ。ノーベル医学・生理学賞の候補に名が挙がったのも、1度や2度ではない。まさに、一般市民にアピールできる成果を体現している人物なのである。

それだけではない。坂井には、別の優れた特質があった。科学者として優秀さよりも、この特質の方が、今の科研にとっては重要であるかも知れない。それは、坂井が「予算を使い切る達人である」ということだ。事情を知らない者から見れば、予算を使い切ってしまうことの何がよいのかさっぱり分からず、得られる筈だった利益を食い潰してしまう、迷惑な人間にしか思えない。ところが、そうではない。予算を使い切らなければならない理由がある。

理科学研究機構は勿論のこと、あらゆる独立行政法人の研究機関は、国から金を貰って研究をしている。国の金とは即ち、国民の血税である。予算として必要な金額だけを受け取って、大切に使わなければならない。さて、この状況で予算を使い切れずに余らせてしまったら、どういうことになるか。それは、つまるところ、不必要な金まで受け取っていたということを意味する。しかも、その金の出所は、国民の血税だ。これは由々しき事態である。当然のことだが、予算を余らせてしまった部門は、次年度から予算を減額されることになるだろう。そうならないためにも、予算は年度内に必ず使い切らなければならない。

研究機関の方で金額を見積もることができる通常の予算はまだマシだ。大変なのが、国の補正予算などにより、唐突に降って来る予算である。大抵の場合、数十億円~数百億円と巨額であり、研究機関にとってもありがたいことには違いない。だが、この金もまた、年度内に必ず使い切らなければならない。しかも、使途が「設備費のみ」などと限定されているケースが多く、巨額であることも相まって、使い切るのが非常に難しい。そんな時、ありがちな手が、箱物である。即ち、「○○研究棟」などといったビルディングを建てるのである。ビルディングなら、数百億円という巨額の金も、比較的容易に使い切ることができるからだ。だが、これは諸刃の刀でもある。建ててしまったビルディングには、当然、それ以降、維持費がかかり続ける。対して、補正予算などで湧いて出てくる予算は1年限りであり、下手をすれば、必要も用途も無いビルディングの維持費に苦しむ羽目になるのである。

これらが、予算を使い切る達人、坂井が重宝される理由だ。ある時、25万円ほどの予算がどうしても使い切れずに余らせてしまいそうになったことがあった。しかし、坂井は、

「あの先生は、節約するのが上手だから、困るんだよなあ」

と軽口を叩きながら、どこで見つけ出したのか、25万円の丸椅子の購入に当てて使い切ったのである。購入するに際して、坂井は、要求仕様の中で、丸椅子の背にある穴の個数を細かく指定した。これで、他のより安価な椅子が購入されて、使い切れなくなる心配も無い。こういった細かい配慮が、坂井の達人たる所以である。かと思えば、坂井は、巨額の予算の確保にも、一流の手腕を発揮した。坂井が副センター長を務める科研CBD、この巨大な研究施設は、坂井によって作られたと言っても過言ではなかった。坂井は、地元の自治体と交渉し、建設費のみならず、その後の維持費をも含めた予算の確保に成功したのだ。下は25万円から上は数百億円まで、どのような予算でも確保して適切に使い切ることができる、それが坂井という男だった。

野尻は、この坂井に全幅の信頼を置いていた。化学者でありノーベル化学賞の受賞者である野尻は、化学については他の誰よりも精通していたが、医学や生物学など他の分野についてはそうではない。そこで、CBDについては、坂井に全てを任せていた。坂井もまた、野尻の期待に充分に応えてきた。

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