第91話 這い寄る混沌
「おい、瑞希っ!!いつまで寝ていやがるっ!!」
「ほえ?」
ある日の朝。
突然私の部屋の襖がものすごい勢いで開かれ、突撃してきた猪……もとい鬼……もとい土方さんの怒声が響き渡った。
「ほえ、じゃねぇ!!何寝ぼけてやがるっ!!テメーが朝飯食いに来ねーから来てみれば……っ!!」
ーーーおおう。
寝過ごしたのか。
そりゃあ怒られるわ。
ってか土方さん、朝から元気だなぁ。
ーーーそんなことを寝ぼけ頭で考えつつこれ以上土方さんを怒らせないためにも身を起こそうと思い、ふと天井を見上げ……。
ーーーソコに張り付いていたものを見た瞬間。
一気に眠気は吹っ飛び。
ーーー私は絶叫をあげて飛び起きた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「うおっ!?な、なんだ!?」
私の叫び声にびくりと肩を震わせた土方さんに、私は飛び起きた勢いのまま飛びついた。
「!?」
「ひ、ひ、土方さんっ!!!あ、あ、あれっ!!!」
ーーーそう言って、震える指先で指差したものを土方さんが目で辿り、その視線が天井を向いた瞬間ーーー盛大なため息が降ってきた。
「なんだよ……ただのごきかぶりじゃねぇか」
「ぎゃあーーーーーー!!その名前を呼ばないでーーーーーー!!」
そう。
私の部屋の天井に我が物顔でひっついていたのは正真正銘、かの這い寄る混沌ーーーこの世で最も苦手と言えるものーーーであった。
ーーーこいつ、いつからいたんだっ!?
ずっと私の寝顔を拝んでたのか!?
そう考えた瞬間、背筋をぞわりとした悪寒が駆け抜け、私は思わず土方さんに抱きつく力を強めた。
その瞬間、土方さんがほんの少しだけピクリと震えた気がしたが、恐らくは気のせいだろう……というか、今の私にそんなことを気にしている余裕はなかった。
「っていうか、ただのってなんですか、ただのって!!」
「だからそこまで騒ぐことじゃねぇだろ。それよりもさっさと離せ!いつまでくっついていやがる!!」
「あ、す、すみま……んぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
は、這い寄る混沌があっ!!
と、飛んできたぁっ!!!!!!
「ひ、ひじかたさぁあああんっっっっ!!!!あ、あれっ!!!な、なんとかしてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
いやぁあああああああああいっ!!!
羽が動いてるぅぅ!!
「ああっ、ったく、騒ぐな馬鹿!!取ってやるから待ってろ!!」
大仰なため息をついた土方さんが私の背中を安心させるように叩き、ゆっくりと引っぺがす。
と、飛んで私の布団の側に降り立ったソレを素手でぱしっと掴み……って!!!!
「な、なんで素手で掴むんですかぁあああああああああああああああ!!!!いやぁああああああああああああああっっっっ近づくなぁあああああああああああああああ!!!!!!!」
「っおいっ!?その格好で外出る気か馬鹿野郎っ!!」
「嫌だぁあああああああああああああああああああああ!!!!」
「おいっ!どうした瑞希っ!?何かあっ……」
「は、はじめぇっ!!!!」
「!!」
私の叫び声を聞きつけたのか、勢いよく部屋へ飛び込んできた一に、土方さんから逃げる勢いのまま飛びつく。
一は一瞬驚いたように瞳を見開いたが、すぐに私を抱きしめ、土方さんの方を向いた。
「……土方さん?これは、一体……?」
「っ、お、おい……!あ、いや……気にするな、斎藤。こいつはただごきかぶりから逃げ惑っているだけだ」
「……そうですか」
なぜかほっとしたような表情を浮かべた一は私の方に視線を移すとほんのりと微笑んだ。
「大丈夫だ、瑞希。ごきかぶりはもういない」
一瞬、ちらりと土方さんの方を見る。
一の視線に、苦い表情の土方さんは庭の方へと去っていった。
ーーーきっとアイツを捨てに行くのだろう。
「うう……って、ああっ!!ご、ごめんっ!!いつまでも抱きついちゃったっ!!」
今になってやっと自分の今の体制に気付きあたふたと一から離れる。
ーーーって、や、やばいよっ!?
私、今さらししてないっ!!
お、女だってばれたか!?
「落ち着いたか、瑞希?」
「え、あ、う、うん」
「そうか。それは良かった」
そう言って一はフッと微笑み、私から背を向けた。
「それじゃあ俺は行くぞ。お前も早く着替えて朝飯を食え」
「う、うん」
ーーーあ、あれ?
ば、ばれてない……?
抱きついちゃったのに?
ーーー私は確認するように自分の胸元へ視線を移した。
…………………。
………………………………………。
……………………………………………………………………………。
………………………………………うん。
ドンマイ、私。
ーーーそう、虚しさをしっとりと噛み締めながら着替え始めた……。
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【土方歳三】
……ったく。
いつもは誰よりも早く朝飯を食べに来るあいつが今日に限って来ねーから何かあったのかと行ってみれば呑気に寝ていやがって。
ーーー別に、心配したわけではない。
いきなりごきかぶりごときで半狂乱に騒ぎまくってあまつさえ俺がとってやったらやったで逃げ惑う。
その上あんな夜着一枚で見知った斎藤とはいえ飛びつきやがって。
抱きつくならせめて俺にしておけってんだよ。
俺ならばあいつが女だと知っているんだからな。
だが……。
斎藤のやつ……。
あいつが女だと気付かなかったのか?
まぁ、確かにあいつは女とは思えねぇ体つきだが……。
……それに、あいつら、いつの間に名前で呼び合っていたのか。
……チッ。
俺は何を考えてるんだ……。
あのお子様女が誰と仲良くなろうが知ったことか。
ったく。
さっきの悲鳴。
つくづく色気はないやつだが……。
いつもはがさつな女にああやってすがられるのは悪い気はしないな。
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【斎藤一】
……不覚だ。
まさか、夜着のまま抱きつかれるとは思わなかった。
ーーー怯えたようにすがり付いてくる瑞希。
あいつでも怖がるものがあるのか。
いつとは強いあいつが、あの一瞬は守ってやりたいと思う“女”になった。
……知っているか、瑞希?
ーーー渡したくない。
誰にも。
お前を渡したくない。
ーーー俺はあのとき、心の底から思ったのだということを……。




