第90話 意外な事実
とある日の午後。
例によってやることのない私は晴明君の部屋を訪れてダラダラしていた。
「ひ〜〜〜ま〜〜〜」
ごろりと寝転び、そう叫んでみる。
それを見た晴明君は微笑ましげな笑みを浮かべた。
「暇、ということは平和ということですよ、瑞希さん」
「そうなんだけど〜〜〜」
暇なものは暇なんだから仕方ないじゃないか。
「外に行こうにも9月とはいえまだまだ暑いから甘味買いに行く気力ないし……って、あ!そうだ晴明君!」
「はい?」
「厨房担当の隊士の人がね、心配してたよ。晴明君、最近あんまり食べてくれないって。前から食が細かったみたいだけど最近はほとんどなにも食べないってさ。どうかしたの?具合悪いとか?」
もしそうならこんなところでゴロゴロしている場合ではない。
「ああ……いえ、体調が悪いというか……少し夏負けしたのだと思います。僕は9月頃になるといつもそうですし」
「夏バ……夏負けで食欲がない?」
「……ええ。心配をおかけするのは申し訳ないと思って言わなかったのですが……そうですか……。まさかそっち方面からそんな心配をされるとは思いませんでした」
「……時々思うけど、晴明君って自分のことにはすごく無頓着だよね」
「……すみません」
困ったような顔でそう謝られる。
だが本人にはどうやら自覚はないようだ。
「あ、そうだ!」
ーーーと、そこで私の頭の中にある考えが思い浮かんだ。
ーーーこれならいけるんじゃ!?
「晴明君、ちょっと待ってて!!」
「え、どこに行ーーーーーーー」
目を丸くした晴明君が言葉を発するよりも早く。
私は厨房へ向けて走り出した。
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「よし、これなら……」
時間が時間なだけに、今は厨房には誰もいないため、私は厨房担当の隊士の人に断りを入れ、とっさの「思いつき」……夏バテしても食べられる料理作りを開始した。
「じゃあスープ作りからだよね」
まず、買ってきた鶏ガラ(肉を剥いだ骨)出だしを取り、それに醤油、生姜、お酢、少量のりんご、砂糖を入れて冷たい井戸水につけておく。
付け合せの辛味ねぎなどを切っておいておい、たまたまあった素麺を、茹でてこれもまた井戸水につけておく。
しばらくすると、麺もスープもともにいい感じに冷たくなったので適当なお椀に入れて付け合せのネギやその他の野菜をよそって完成。
これならば夏バテでもいけるはず!!
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「お待たせっ、晴明君!」
「あ、瑞希さん」
お盆にさっきの料理を乗せ、彼の部屋へ行くと困惑顔の晴明君が私を見上げ、お盆に乗ったものを見て目を丸くする。
「それは……?」
「いや、晴明君、夏負けで食欲がないって言ってたでしょ?だから、夏負けでも食べられる料理を作ろうと思ってさ」
「!!」
「さ、これがあったかくなっちゃう前に食べよ。まぁ、騙されたと思って食べてみてよこの『お手軽冷麺』をさ!」
ーーーちなみに、これは今私が命名した。
「……いただきます」
困惑顔の晴明君だったがそこはおとなしく箸をとってくれた。
恐る恐る、冷麺を口に運ぶ。
「……美味しい」
「本当っ!?」
「はい。冷たくて美味しいです」
ニッコリ、と笑って言う晴明君。
心底嬉しそうな笑顔に少しだけドキリと胸が波打つ。
もともとそれほど多く作ったわけではなかったが、冷麺を気に入ってくれたのか、晴明君は美味しそうに完食してくれた。
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ーーー夕方。
せっかく時間があるので剣の鍛錬でもしようと、私は稽古場へと向かった。
「あ、斎藤さん」
と、そこには先客がいた。
「桜庭か」
「斎藤さんも稽古ですか?」
「ああ」
無表情をほんの少し緩め、頷く。
どうせだから、ということで、私たちは手合わせをすることにした。
「ああっ、負けたぁ……」
悔しい。
あとちょっとだったのに。
「だがいい勝負だった。礼を言う」
「いえいえ、こちらこそ!ほんと、斎藤さん、強かったです!」
さすが、沖田さんと新選組の中で一、二を争う剣豪だ。
「お前の剣は速いな」
「え、本当ですか?」
「ああ。構えは妙だが……異国の剣術……名前は確か……?」
「フェンシングです」
「ああ、それだ。……その剣術は片手で剣を持つのだな」
「そうです。剣道は両手なんですよね」
そこがフェンシングとの大きな違いだよね。
「あ、そうだ。そういえば斎藤さん、沖田さんと手合わせすると大体互角なんですよね?」
「……悔しいが、そうだな」
「斎藤さん、あの『三段突き』、捌けるんですか?」
「ああ。……確かお前も捌けたのだろう?」
「ええ。私の剣術は『突き』を得意としているんで」
「なら……あれをかわせるのは恐らく俺とお前だけだな」
斎藤さんはそう言って口元にほのかな笑みを浮かべた。
この人のこういう笑顔はわかりにくいけど結構好きだなぁと私は心の片隅で思った。
「そうですね。私たちだけです。……あとですね、斎藤さん」
「なんだ?」
「瑞希でいいですよ。『桜庭』、なんて他人行儀じゃないですか。まぁ今更ですけど」
私の言葉に、斎藤さんは驚いたように少し目を見開いたが、すぐにどこか嬉しそうな笑みを浮かべると、
「わかった。……ならば瑞希、俺のことも一でいい」
「ええっ!?」
ま、まさかそうくるとは思わなかった!!
「いえいえ、年上の人をそんな風に呼ぶのは……」
「だがお前は永倉や藤堂を下の名で呼んでいるだろう」
「いやぁ、平助君のことはてっきり年下と思ってたし、新八君は私と同年代ですよね?」
なんか、うちの高校にいそうだもん。
ああいう男子。
まぁ、その辺の男子校生よりもイケメンだけどね。
「……永倉は24だぞ」
「へ?」
い、今、みょーな幻聴が……。
「……現実逃避しているところ悪いが事実だ」
「……」
ーーー嘘、ですよねぇ?
「ちなみに原田は23だからあいつの方が永倉より年下だ」
「えええええっ!?!?」
原田さんの方が年下!?
ここは原田さんが大人びているーーーいやまぁ20超えてるから大人といえば大人なんだがーーーことを驚くべきなのか、新八君が子供っぽいことに驚くべきなのか……?
「ところで斎藤さんはおいくつで?」
「……19」
「へ、平助君よりも年下……」
「ああ。ここでは年少の方だ。瑞希は……ふむ……15か?」
「えっ!?あたりですよ!!すごい!」
沖田さんなんて発育が遅いだのとのたまったのに!
「で、どうするんだ?」
「あ、そうでした!下の名前で呼ぶか……ですよね……。うーん、なんていうか、斎藤さんって、原田さんとはまた別の意味で大人びているっていうか、こうクールっていうか……」
「くーる?」
「あ、えっと、なんといえばいいのか……こう、一匹狼、というか、なんかかっこいい感じ?」
「かっこいい、か……」
ん?
なぜか斎藤さんが嬉しそう。
ここまでわかりやすい斎藤さんは珍しい。
どうしたんだろう?
「……ということなので、なんというか、呼び捨てだとすごく呼びづらいんですよね……」
「遠慮する必要はない」
「え?」
思いの外近くで聞こえた声に驚いて私は考え込んで一度伏せていた顔を上げた。
ーーー斎藤さんの端正に整った顔がほのかな笑みを浮かべて私の顔を覗き込むようにしていた。
うわっ!!
ち、近いよ!?
「俺がお前にそう呼んで欲しいんだ」
「!!」
斎藤さんの普段の淡々とした調子とは打って変わって優しく耳をくすぐるドキッとする低音ボイスに、私はほおに熱が集まるのを感じた。
「う、え、えっと……その……そ、それじゃあ……は、一、君?」
「呼び捨てで構わない。……その方が永倉たちより一歩近づいているように聞こえるから」
「ええっ!?」
ーーーよ、呼び捨て!?
ハードル上がってない!?
最後の方は小さなつぶやきだったので聞こえなかったけど、それより何より呼び捨てですか!
「……それともお前は嫌か?」
「いえいえ、そんなことないですっ!!」
嫌なわけないですよ!!
「じゃあ言ってみろ」
「うっ……えっと……は、一」
「ああ」
クスリと目に見えて微笑んだ斎藤さん……もとい一はポンポンと私の頭を軽く叩いた。
「それから、お前も永倉たちと話している時のような口調で構わない」
「け、敬語はいらないってことですか?」
「そうだ」
「わ、わかりました……じゃなくて、わ、わかったよ」
「うむ」
満足そうな斎藤さ……じゃなかった、一は一つ頷き、近づけていた顔を私から離し、こちらを見下ろした。
「それじゃあな、瑞希」
「あ……」
私が言葉を発するよりも早く、斎藤さんは一度だけ私に微笑みかけるとくるりと背を向けて稽古場の外へと消えていった。
「一、かぁ……」
うーん、慣れないなぁ。
まぁでも、一って19歳だっていうし、なんかお兄ちゃんがいたらこんなのかな?って思うところもあるし、まぁいっか。
うんうんと自己完結した私は急いで持ったままの市内を片付け、日の傾きかけた稽古場を後にした。
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翌日の朝。
「晴明君、いる?」
昨日の一との会話の流れで一つ気になったことを聞くべく、私は晴明君の部屋を訪れた。
「いますよ、瑞希さん」
「あ、いたいた。突然なんだけどさ、晴明君……」
「はい?」
「……晴明君って、年、いくつ?」
「……」
しばし無言でこちらを見返す晴明君。
が、すぐに、悪戯っぽい笑みを浮かべると唇に人差し指を当て、小首をかしげた。
「……それは秘密です」
「ええっ!?」
いやいや、めちゃくちゃ気になるんですけども!?
「まさか、土方さんとかより年上ってことは、ないですよねぇ……?」
「さあ?どうでしょう?」
晴明君はあくまで意味深な笑みを浮かべるだけだった。
うううううっ!!
き、気になるっ!!
それから何度かさりげなく聞いてみたのだが、彼が私の質問に答えてくれることはなかったのだったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。




