第88話 からかい半分本気半分
【安倍晴明】
『私が好きな晴明君を、嫌いだなんて、言わないで』
ーーー好き。
そんなこと、「あなた」と「あの人」にしか、言われたことなんてなかった。
僕は、化け物。
妖の血を引く、「あの人」の血を引く、化け物。
それは仕方のないこと。
宮廷の公卿たちは口では僕の陰陽術を賛美しながら、裏では「妖術」、「化け物の力だ」と言っていたのは知っていた。
ーーー誰かに、「仲間」だと、言ってもらったのは「あなた」たち以来でしたね。
人は、己と違うものを敬遠するものだから。
もちろん、「同僚」たちは僕が「妖」の血を引くと知りながらもそれなりに親しくはしていたし、ある意味で彼らは「友人」と言えた。
けれど、やはり僕との間には「越えられない壁」があった。
ーーーいえ、それよりも。
本当に驚きました。
ーーーだって、瑞希さんが、「あなた」と同じことをおっしゃるから。
「あなた」も、前に僕を睨んでそう言いましたね。
『自分を嫌いだなんて言わないでくれ』って。
「あなた」と瑞希さんは少しだけ、似ているかもしれません。
時に、ハッとさせられるような鋭いことを言ってくる。
まぁ、少しだけですけれど。
「あなた」は瑞希さんほど素直な人じゃなかったから。
けれど僕は。
「あなた」のそういうところを、何よりも愛おしいと、そう、思っていたのですよ……?
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【???】
ーーー芹沢鴨が死んだ。
ーーーそう。
あの人の運命は変えられなかったのね。
でも仕方のないことだわ。
時間があまりにも短かったんですもの。
新選組の嫌われ者。
あなたは不器用な人だったわ。
「ここでの」あなたは知らないでしょうけれど。
私はあなたのこと、嫌いではなかった。
私は、あなたの散り際を何度も見た。
いつも、いつも。
あなたはわかっていたでしょうに。
それでも、仲間に斬られる道を選んだ。
ーーー本当に、優しい人。
あなたも、ある意味で晴明と同じだわ。
仲間のために、自らを鬼とし、そして仲間に斬られることを選んだ。
ーーーこれで、最後にしてほしい。
もう、何度も同じ人を見送るのは嫌だから。
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【桜庭瑞希】
2日後の8月24日、芹沢さんと平山さんの葬儀が行われた。
2人とお梅さんの死は歴史通り長州藩士によるものとされ、事件に関わった者には堅い箝口令が敷かれた。
「なんか、この8月は色々と盛りだくさんでしたね、沖田さん」
「まぁ、退屈はしなかったかな」
「……不謹慎ですよ」
下からジト目で睨むと沖田さんはひょいと肩をすくめた。
「退屈は人を殺すよ?」
「退屈で人は死にません」
「僕は死ぬ」
「じゃあ勝手に死んでください」
「え、やだ」
「なんですか、やだって」
子供か。
「まぁでも、僕は君といるとそう退屈しないんだけどね」
「なんでですか?」
「そんなの決まってるじゃん」
ーーー沖田さんは、はて、と、首を傾げている私の顔を覗き込むようにするとクスリと蠱惑的な笑みを浮かべた。
「だって、好きな人と一緒にいられたら、楽しいでしょ」
「え」
ーーー好きな人?
はい?
沖田さんの端正な顔を唖然として見上げると、バッチリと目があう。
「ーーー沖田さん、好きな人いるんですか?」
「……うわ、これは重症だな。わかってないんだ?……もちろん。ここにいるしね♪」
「へ……っ、!?!?」
チュ、という音とともに、私の額に何か柔らかくて熱いものが触れた。
それが一体なんなのか理解した途端、私の顔は真っ赤になったのだろう。
その証拠に、原因となった当の本人は実に楽しそうな笑みを浮かべていた。
「瑞希ちゃんって無防備だねぇ」
「〜〜〜〜!?!?」
「あははは。真っ赤だよ?」
「っ、だ、誰のせいだとっ〜〜!?」
「いやぁ〜君はつくづく面白い」
「か、からかったんですか!?」
ーーーそういうことかっ!!
さっきの「好き」も、からかったんだなっ!?
「……まぁ、からかい半分本気半分ってとこだけどね」
「や、やっぱりからかってたんじゃないですかっ、って、……え、半分?」
あれ?と、沖田さんの言葉を反芻して考える。
……からかい半分本気半分?
……本気、半分ーーー!?
……なっ!?!?!?
その真意を問うべく、ガバリと顔を上げるとそこにはすでに沖田さんの姿はなく、周りを見渡してその姿を探すと少し離れたところでこちらをちらりと振り返る沖田さんを見つけた。
ーーーあ、あの顔はっ!!
ーーーいたずらに成功した悪ガキの顔だっ!!
ーーーまたからかわれたのか!?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!
ーーー私はその場にしゃがみ込み、頭を抱えて身悶えた。
ーーー視線を感じる。
どうやら、今この状態の私を沖田さんは楽しんでいるようだ。
その時の沖田さんの顔が目に浮かぶようで、私は耐えきれずにその場で吠えた。
「沖田さんのばかぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
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【沖田総司】
僕にここまでさせてもまだわからないなんて、君ってよっぽど鈍感なんだね。
でもまぁいいか。
面白くて可愛い顔が見られたし♪
ーーーこれは、ちょっとした罰だよ、瑞希ちゃん。
君が、一昨日一人にしてって言った後、晴明君と会ってるの、知ってるんだから。
どうせ、君のことだから彼にすがって泣きじゃくったんだろうけどね。
ーーーダメだよ瑞希ちゃん。
そんな風に人に期待させるようなことばっかりしたら。
とくに、晴明君は、彼はダメ。
多分、彼は絶対に君のことをみてはくれないよ?
だって、彼の中には「誰か」がもうすでにいるから。
しかもその人は、きっと……。
ーーー彼にソレを求めても、君が傷つくだけだよ、瑞希ちゃん。
……とか言いながら、晴明君が瑞希ちゃんに振り向くことはないとわかってるのにああやって強引にやっちゃうなんて、僕、結構余裕ないなぁ。
ーーーなんか、敵が増えてるみたいだからかな?
ーーーねぇ瑞希ちゃん。
僕はね、さっき嘘をついたよ。
からかい半分本気半分っていうのは嘘。
ーーーだって、あれは、全部本気だから。
どうも^ ^
日ノ宮九条です。
さて。
第8章本編は今話で終了です。
やっと芹沢鴨暗殺までたどり着きましたねぇ。
振り返ってみて思ったのですが、進みが凄まじく遅いですよ、この話。
次話のおまけ小話の後、第9章を開始します。
次章は比較的あまり事件は起こらず、平和に登場人物たちとの日常がメインになります。
第8章で出番のなかった新選組メンバーも登場しますのでお楽しみいただければ幸いです^ ^
また、話数のストックがきれたので更新は次章から二日おきになります(次の93話の更新は明日です)
また溜まったら毎日更新に切り替えますのでよろしくお願いします。




