第86話 芹沢鴨、粛清・前編
【桜庭瑞希】
ーーー歴史の歯車というものは、そう甘いものではなかった。
ーーー無情にも、その歯車はわずかに狂いを生じさせながらも正当なる方向へと動き出し、結果ーーーーーーー。
ーーー芹沢鴨の内部粛清が決定された。
そして私は。
ある決意をした。
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8月22日の夜ーーーーーーーーー。
私たち壬生浪士組改新選組は京都島原の角屋で大きな宴会を開いた。
そこには標的である芹沢さんもいて、彼は恋人のお梅さんと浴びるように酒を飲んでいた。
「芹沢さんちょっと飲みすぎだ。そろそろ帰って酔いを醒まそう」
土方さんがそう言って芹沢さんをなんとかうまく丸め込み、新選組屯所ーーー「八木家」へ、私、沖田さん、原田さん、土方さんと芹沢さん、お梅さんそして芹沢さんの側近の平山さん、平間さんとその馴染みと幾人かの芸妓さんを連れて先に戻ることになった。
今回の件は近藤さんが直接手を下すことはない。
それ自体を、土方さんが厭った結果だ。
晴明君はもしも他のメンバーが不審に思って屯所に帰ろうとしたらそこに止めるか役目を担うことになった。
ーーーその日は皮肉にも、歴史通り、土砂降りの雨が降る夜だった。
これから起こることを知らない芹沢さん達は上機嫌で屯所に帰り、また再度小さくはあるが宴会をした。
その宴会の最中、沖田さんがそばに寄ってきて私にしか聞こえない声音でそっと囁いた。
「いいの?瑞希ちゃん。ここにいて」
「……いいんです。これで。私は歴史を変えられなかった。知っていたのに変えられなかったんです」
「でもそれは瑞希ちゃんのせいではないよ?」
「それでも……私は見届ける義務があると思うんです。こんなの、自己満足でしかないですけど」
そう、できるだけ笑顔で返すと、沖田さんはそれ以上は何も言わず、宴会の輪へと加わっていった。
そして、時刻は深夜。
すっかり泥酔して寝入った芹沢さん達の部屋へ、私、沖田さん、山南さん、原田さん、土方さんは向かっていた。
といっても、芹沢さんのことは沖田さん、山南さん、そして土方さんの三人に任せて、私と原田さんは芹沢さんとお梅さん達の隣で寝ている平山さんを斬る計画になっていた。
その前に私はこっそりその部屋に入って芸妓さんたちは逃していて、その時、同時に平間さんも逃げ出しているが、これも歴史どうりのこと。計画に狂いはない。
「……瑞希は俺の補助を宜しく」
「はい」
私たちは互いにうなずき合い、そして……。
ーーーースパンッ!!
ーーー勢いよく戸を開けた土方さんを先頭に、私たちは一斉にその部屋へなだれ込んだ。
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【安倍晴明】
ーーーそろそろ、ですか。
周りの隊士たちはすでに皆酔いつぶれ、床に倒れ伏している。
ーーー計画の決行は今日の深夜。
襖を開け、外を見やると分厚い暗雲から大粒の雨が地面をたたくように打っていた。
彼女が初めて人を斬った日も、こんな土砂降りの雨だった。
「なぜ、あなたは……」
わざわざ、自ら危険と「人を殺める」という所へ向かったのでしょうか。
人というものは、皆少しでも危険を排除しようと動く。
「彼ら」がそうしたように。
「彼ら」もまた、己と違うものを恐れ、脅威になる前にその危険を拭い去ることにした。
けれど、あなたは。
「なぜ……?」
ーーーその問いに答えるものは、いない。
「……そろそろ、行きましょうか」
きっと、彼女は今日も泣くだろう。
それでもなお、彼女は再び立ち上がるのだろう。
ならばせめて。
僕はそれを受け止めることにしましょう。
そうすれば、「あなた」が僕に託した約束を守れるような、そんな気がするから。
僕は信じている。
ーーー「あなた」の言葉のおかげで、信じていられる。
ーーーなぜなら、それは、「あなた」が僕に託した、最後の願いでもあるのだから……。




