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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第八章 「歪み」を正す力
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第81話 様子のおかしい平助君

いかに大事件が迫っていようと、それを知らない、つまりは未来を知らない壬生浪士組の面々からしては今日はまだ12日、平常運行で巡察を行っていた。


新見さんの切腹から数日が経ったが、今のところ、予想通り芹沢さんが粛清されることはなさそうだ。


今のところは平和な日常といえる、のだが。



今の私はそれとは別の問題に直面していた。


今日の巡察は平助君となのだが、原田さんたちが前に「平助は最近様子がおかしい」という言葉通り、なぜか私にいたっては彼から避けられているような気がするのだ。


ーーー私、何かした?


してないはずなんだけど。


……多分。


にも関わらず、巡察を初めてからというもの、彼は私から距離をとって歩いている上に話しかけようにも視線すら合わせてもらえない。


なぜに。


私、本当になんかした?


よし、ここは意を決して理由を聞いてみよう。


「ねぇ、平助く……」


が、そう言いかけた時だった。



「妙子っ!?いやぁ、妙子っ!!」




「!!」

「なに!?」


ハッとして辺りを見渡すと、隣を流れる比較的大きな川の岸辺で女の人が真っ青な顔で川の方を見つめていた。


そしてその視線の先を辿ると……。


「っ、子供!?」


そこには、5歳ほどの女の子が溺れてもがいていた。


「っ、平助君、お母さんの方見てて!」

「え、ちょ、瑞希!?」


ーーー私は運動だけは結構得意だったから、泳ぎにも自信がある。


「危険ですっ!!やめーーーーーー!!」


ーーー平助君の制止の声を聴くよりも早く。


私は川へと飛び込んだ。


川に入った瞬間、袴が急速に水を吸い、重くなっていく。


それが体にまとわりつくせいで身動きがとりにくい。


ーーーだけどっ!!


数メートル先に女の子がいる。


それを見捨てるわけにはいかないっ!!


死に物狂いで女の子に近づき、その体へと手を伸ばす。


「っ……っ……!!」


ーーーあと、少しっ!!


届けーーーーーー!!


そう強く願った瞬間、一瞬金の蝶(・・・)がちらつき、ふわりと体が軽くなった。


「つか、まえたっ!!」


ぐったりとしている女の子を抱え、岸へと泳ぐ。


ーーー岸に着いた頃には体力は尽きる寸前だった。


「っ、はぁ、はぁっ……」

「なにをしているんですかっ、瑞希っ!!」


岸に這いつくばって上がった瞬間、眉を吊り上げ、泣きそうな顔をした平助君が駆け寄ってくる。


そんな彼へ、わたしはVサインを向けた。


「女の子、救出!取り敢えず、息はしてるみたい。水は、一杯飲んでるけど」

「瑞希の馬鹿っ!!人の心配をするなんてっ!!」


ーーーそこへ、女の子の母親らしき人が駆け寄ってきて女の子を抱き上げた。


「ああ、妙子っ……!!もう、なんでお礼を言ったらいいか……!!」

「いえいえ、市民の安全を守るのが私の役目ですから!」


ーーーなーんて、かっこいい言葉言っちゃったりして。


その女の人はその後、何度も私にお礼を言って去っていった。


ーーーが、しかし。


「二人とも無事だったからいいものの、もしも何かあったらどうするんですか!あんな危険なことをっ!!」

「いやいや、ごめんって、平助君。私泳ぎには自信があったからつい……」

「つい、じゃないですっ!!」


走り寄ってきた平助君な私をキッと睨みつけて言った。


「……でもよかった」

「はい?なにがいいんですか?」


そんな平助君を見て、私はホッとした気持ちを伝えるべく笑顔で言った。


「だってさ、平助君、さっきまでおかしかったっていうか、私のこと、避けてたじゃない?でも、今はいつもの通りに戻ってるよ」

「あ……す、すみません。その、別に避けていたつまりじゃな、いん、ですけ、ど……」


と、言葉の途中で何かに気づいたように目を留め、目を見開く平助君。


ーーーはて?


「どうしたの、平助君?」

「……あの」

「ん?」

「……その、さらし、なんですか?」

「へ?」


平助君の視線の先、自分の袴の襟元へ視線を持ってくると……。


ーーーし、しまった!!


どうせないけど一応巻いておいたさらしが見えてるっ!!


ど、どうしよう!?


「え、えっと……こ、これは、その、実は私、体に酷い傷があって……。そ、それを隠してるんだ!」


あまりにも見え透いた嘘をしどろもどろになりながら言ってみる。


ーーーせめてもっと何かなかったんか、私っ!!


ああ、こんな時、晴明君がいてくれたらなんとかごまかしてもらえたのだろうにっ!!


「……傷、ですか?」

「う、うん。人に見られたくない傷がね」

「……そう、だったんですか。すみません。そんなこと、無神経に聞いてしまって……」


あっさりと私の嘘を信じた平助君が心底申し訳なさそうに頭を下げてきた。


ーーーうわぁ、なんか罪悪感っ!!


「それでは瑞希も濡れてしまったことですし、巡察は中断して屯所に帰りましょう。……せめて、冬であれば羽織を貸せたんですけど」

「ああ、気にしなくていいよ。夏で暑いから全然寒くないし」


これが冬だったらやばかった。


死ぬわ、絶対。


「どうぞ」

「あ、ありがと」


差し出された手を掴み立ち上がる。


平助君はそんな私をちらりと横目で見やると、クスリと笑みを浮かべた。


「……ほんと、瑞希は瑞希です。川に一人で飛び込むなんて」

「う……ご、ごめん」

「……でも、そういうこと、迷わずに出来ることって、とてもすごいことだと思いました」

「え……?」


ーーー褒めてくれてる?


平助君はどちらかというと人をあんまり褒めないタイプの人だ。


これはかなりレアなのでは?



ーーーそう言った後、照れたように前を向いて歩き出した平助君のことを、何と無くかわいいなと思ってしまう私なのであった。



********************



【藤堂平助】


ーーー傷、ですか。


僕はてっきり、瑞希は、その……。


ーーー女性なのかと。


でも本人がそういうのですからそうなんでしょうね。


それに、瑞希がたとえ女性だったとしても、別に構わないです。


だって、瑞希は瑞希ではないですか。


あの女の子を救った時の瑞希のはじける笑顔をみて、僕はそう、思った。


だから、もう変な悩みで瑞希を避けるなんてことはやめよう。


僕はそう、心の中で固く誓ったーーーーーーーーーーーーー。


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