第78話 裏切りの罠にはご注意を・後編
「……あのさ、瑞希君」
「なんですか、沖田さん。私、今真面目な話をしているんですよ?」
「いや、それはわかってる。だけどね、君。物事には、順序というものがあるんだよ?ほら、彼を見てみなよ」
「ん?」
沖田さんが示す方……つまり佐々木さんの方ーーーを見て、その言葉の意味を理解する。
ーーー佐々木さんの顔には驚きと強い警戒心が宿っていた。
「あーーー」
「今気づいたの?君、暑すぎて頭の中身溶けちゃったんじゃないの?」
「と、溶けてないです……」
……いや、溶けたかもしれない。
ーーーそりゃあそうだ。
いきなり自分が企てている計画を、知らないはずの人に指摘されたら驚くし、警戒もされる。
しかもそれは、本人の人生がかかっている事柄なのだ。
佐々木さんがこんな顔になるのも頷ける。
「あ、すみません、佐々木さん!いや、その、私は別に、そんな意味で言ったわけじゃ……」
「……」
……一層警戒心を深めた目で見つめられてしまった。
うわ、どうしよう、これ。
「……仕方ありませんね」
「き、桔梗君」
苦笑を浮かべた晴明君が私と場所を変わって佐々木さんの目の前に座り、その紫の瞳で彼を見つめた。
「これから申し上げることはすべて真実です。落ち着いて聞いてください」
……。
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「……というわけなのです。おわかりいただけましたか?」
事情をものすごーく丁寧に説明し終えた晴明君がそこで一度息をつき、唖然とした表情で惚けている佐々木さんを見返した。
晴明君は、私たちの正体はさすがに言うわけにはいかないので伏せておき、自分の占いで佐々木さんの運命に不穏な気配を視て、それを私と沖田さんに相談したら沖田さんが佐々木さんと芹沢さんのトラブル現場を見たからそのことじゃないかと言っていたので私がカマをかけてみたのだ、というような説明をしてくれた。
はっきり言って、結果を除いて他のことは嘘八百にも等しいが、さすが、ただ優しいだけではない晴明君。顔色ひとつ変えることなくすべての説明をし終える姿に、関心を覚えてしまう自分がいた。
ーーーほら、なぜか知らんが私は嘘がつけないらしいから。
ちょっと尊敬するなぁ、なーんて思っちゃうのも仕方ないよね!?
「……そういう、ことだったんですか」
やっと正気づいた佐々木さんが大きく溜息を吐き、そう絞り出すように言う。
「すみません、佐々木さん。私が強引なことをしたせいで……」
「いえ、桜庭さんは謝らないでください。私の方こそ、色々と疑ってしまい、すみません」
佐々木さんは申し訳なさそうな表情で私へ頭を下げてくる。
「いえいえ、そんな……」
「はい、そこまで。それ以上やると埒があかなくなるから。…………それで?君はその恋人と駆け落ちしようとしてるの、してないの?」
「……それは……」
率直すぎる沖田さんの問いに俯き、言い淀む佐々木さん。
「安心してください、佐々木さん。僕たちは、それについてとがめる気など毛頭ありません。一体何があったのか、詳しく教えていただけますか?」
穏やかな、優しい笑顔の晴明君がそう、諭すように言った。
それを見た佐々木さんは小さく頷き、ことの顛末を語り出したーーーーー。
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【???】
ーーー夜。
とある朱雀の藪の中ーーーーーーーーー。
「もし、そこの方」
標的を見つけた「私」は「その人物」に近づき、そう声をかけた。
「……なに?」
「その人物」は驚いたように振り返り、その上私の顔を見てさらに目を見開いた。
「な、なんだ、お前は」
「私」の顔の下半分、口元を覆うように巻かれた真っ白な手ぬぐいを警戒した様子でにらみながら「その人物」は言った。
「俺は今忙しいんだが」
「……ねぇ、わたし、綺麗?」
「は?」
「私」は「その人物」へ一歩近づき、重ねて問いかけた。
「……わたし、綺麗?」
「な、お前は何を言って……」
「……ねぇ?わたし綺麗」
「その人物」は「私」を君悪いものでも見るような目で見つめた後、投げやりな風に言い捨てた。
「チッ……。ああ、綺麗だよ。これでいいんだろ?」
「本当に?」
「ああ、綺麗綺麗」
「それじゃあ……これでも?」
「っ!?」
「私」はニタリと笑い、右手で口元の手ぬぐいを取り去った。
「これでも……わたし、綺麗?」
「ひっ……」
「その人物」は、今の今まで気づかなかったのだろう。
「私」の違和感に。
こんな月ひとつない、真っ暗な夜の!しかも藪の中で、「私」が手ぬぐいで口元を覆っていることに気づくはずがないということに。
それはすなわち、「私」がぼんやりと闇から浮き出ているということであり。
つまりは「私」が……。
「ひっ……ば、化け物……!!」
ーーー「私」の風貌が、人ならざるものである、ということに…………。
「ねぇ、わたし、綺麗?」
「う、うわぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ニッと笑い、手元の鎌を持って迫ると「その人物」は顔を真っ青にして絶叫をあげたーーーーーーーーーー。
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【桜庭瑞希】
ーーー人ならざる化け物を見てしまい、悲鳴をあげながら走り去っていった男……佐伯又三郎の後ろ姿を見送り、私はそばで見守っていた晴明君たちにVサインを送った。
「イェイ!作戦成功!」
ーーー人ならざるものーーーならぬ、口裂け女の特殊メイクの私の合図で私の体を光らせる術を密かに解除した晴明君は苦笑を浮かべて近づいてくる。
「……迫真の演技でした、瑞希さん」
「でしょー?」
「まぁ、確かにすごかったね。君が女物の化粧道具で顔に化け物みたいな絵を描き始めた時は気でも触れたかと思ったけどね」
弱冠引き気味の沖田さんが私の口裂け女メイクに顔をしかめながらそう言った。
「本当に、ありがとうございますっ!!」
「な、なんでお礼を言ったらいいか……」
佐々木さんとその恋人のあぐりさんーーーこの人もまたとても美人だったーーーが感激したように頭を下げてきた。
「いえいえ!お役に立てたみたいで良かったです!」
今回の作戦は私が思いついたもので、名付けて「口裂け女怪談作戦」である。
ーーー結局、その後、このまま壬生浪士組にいることはできないので佐々木さんとあぐりさんは予定通り駆け落ちすることになり、彼らを殺すことに失敗した佐伯さんはそれを芹沢さんにばれるのを恐れてか、別の死体を二人に見立てて報告したらしい。
こうして、芹沢さんの暴君的事件は終結した。
……けれど。
今回の件が、「あの事件」に関わってくるとは、その時の私は思いもしなかったのだーーーーーーーーーーーー。
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【安倍晴明】
また、歴史が一つ、変わった。
ーーー本当に、あなたはまっすぐ、自分の道を進んでいく。
臆病な僕とは違って。
佐々木さんを救えたとわかった時の瑞希さんの笑顔はとても輝いていた。
それを、曇らせてはいけない。
ーーー「あなた」ならきっと、そういうでしょうから。




