第77話 裏切りの罠にはご注意を・前編
【桜庭瑞希】
ーーー8月2日。
ーーーそれが事件の始まりだった。
「ねぇ瑞希ちゃん。最近平和だけどさ、なんか、歴史に残る事件とかないの?暇なんだけど」
いつもの通り(?)、沖田さんの部屋に集まった私、晴明君そして部屋の主、沖田さんとの秘密会議の際中、沖田さんが不満げにそんなことを言い出した。
「いやいや、平和なのはいいことじゃないですか」
「僕、退屈で死にそうなんだけど」
「人は退屈ごときじゃ死にませんよ!!」
どんなわがままだ、それ。
「確かに、あの『大阪力士乱闘事件』以来基本的に平和ですね。瑞希さん、次に何か大きな事件が起こるのはいつ頃ですか?」
「んー事件ねぇ……」
そーいえば、8月の最初の方になーんか事件があった気がするんだよなぁ?
なんだったっけ?
「ほら、なんかないの?今日でもいいよ!」
「いやいや、無茶言わないでくださいよ。そんな、今日怒られても困りますって!」
「ちなみに今日は8月2日だよ」
「いや、そりゃわかってますよ。でもそうそう都合よく事件なんて……」
ん……?
あれ……?
何かを忘れているような……。
「あああっ!!」
「え、何?」
沖田さんが目を丸くして突然大声をあげた私を見る。
「ある!!あるよっ!!沖田さん、晴明君!」
「あるって……何か事件があるってこと?どんな?」
「ええっと、佐々木愛次郎っていう隊士が殺されます」
「……彼が?誰に?」
「佐伯又三郎にです」
「佐伯……芹沢さんの腹心か」
「はい。確か、佐々木さんの恋人のあぐりさんに芹沢さんが懸想して、二人で駆け落ちしようとした佐々木さんは佐伯又三郎、というか、芹沢さんの罠にかかって殺されます」
「……やることすることが汚いね」
沖田さんは眉をひそめ、そう吐き捨てる。
「……人とは、いつの時代もやることが変わりませんね」
紫の瞳を悲しげに揺らした晴明君はそう言って弱々しい表情を浮かべた。
「変わらないって?」
「……平安でも、嫉妬や独占欲で恋敵を呪い殺してほしいなどと以来なさる方が後を絶たないのですよ。まったく、陰陽術を一体なんだと思っているのだか」
ため息混じりにそう言った晴明君の言葉には呆れたような色が含まれていた。
「……それで、瑞希ちゃん、その事件っていつ起こるの?8月の初めてってだけじゃあ防ぎようがないけど」
「そ、そうですよね……。ええっと……な、何日だっけ……?」
……今日は8月2日だけど……。
「ってあああっ!!!」
「今度はどうしたのさ?」
「今日ですっ!!」
「は?」
「その事件、今日の夜ですっ!!」
「「ええっ!?」」
ーーー二人分の今日一番の驚きの声が木霊した。
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タタタタタタタタッ。
ーーースパンッ!
「さ、佐々木愛次郎さんはいらっしゃいますかっ!?」
屯所の一角、大部屋へ飛び込んだ私は部屋中から視線が集まる中、大声でそう言った。
私の後を、沖田さん、晴明君も続く。
「……ええっと……私が佐々木愛次郎ですが」
困惑した表情の、色白の美青年がそろりと手をあげて近づいてくる。
「あなたですね!?」
近づくや否、私は彼の腕をむんずとつかみ、屯所の外へと走り出す。
「え、あの、ちょっ!?」
佐々木さんが唖然とした表情で、私たちを見比べていたことは気にしない。
「……なんか、今日の瑞希君、積極的だね」
「……ですね」
ーーー弱冠引き気味の沖田さん晴明君両名の声が聞こえた気がしたが、それも今は気にしないことにした。
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「ふわぁ……おいしー❤︎」
ーーー場所は変わり、甘味処、「弥生」。
「この店の甘味、結構おいしいね」
「でしょでしょう!?私のお勧めの店なんです!せい……桔梗君はどう!?」
「久しぶりに食べましたけど、やっぱりおいしいです」
「やっぱりそう思うよね!」
「……あの」
「え、なんですか、佐々木さん?その葛切り、お口に合わないですか?」
「い、いえ!そんなことはありません」
「そうですか!?よかったぁ〜」
「……ですが、その」
「???なんですか?」
「……私はなぜここに連れてこられたのでしょう?」
「あ」
そうだ。
説明するの忘れてた。
こんな処で呑気にあんみつ食べてる場合じゃなかった。
「あ、って、瑞希君、忘れてたわけ?」
「そ、それは……。お、沖田さんもでしょう!?」
「いや、僕は忘れてなかったけど」
「う、うぐっ。じゃ、じゃあ、桔梗君は?」
「……いえ……。僕はてっきり、佐々木さんと親密になるためなのかと……」
「うぐっうっ!」
の、呑気に何も考えず甘味貪ってたのは私だけか。
どれだけ食い意地はってるんだ、私……。
「そんなことはもういいからさ、さっさと状況を説明しなよ、瑞希君。っていうか、君たち自己紹介すらしてないよね?」
「あ、いえっ!!お二人のことは……もちろん沖田先生のこともですが、皆さんのことは知っています」
「え、なんで!?」
「それは……まぁ、有名ですから」
ゆ、有名!?どこがどんな感じで!?
「まぁ、僕と桔梗君は分かるけどこの瑞希君のことも知っているんだ?」
「あ、はい。……『変わった剣術を使う』って有名なんです」
「ああ、なるほど。瑞希君の使う『ふぇんしんぐ』ってやつでしょ」
「そ、そんなにそれ、有名なんですか……」
「それに、桜庭さんはとてもお強いと聞いていますし」
「へ、強い?」
剣術のことか?
「確かに、瑞希君は強い部類に入るんじゃない?少なくとも僕をいいところまで追い詰めたし、一君との勝負も結構いいとこついてるんでしょ?」
「けど負けました……」
ーーーいつもあと一歩のところで負けるんだよなぁ。
「……コホン。それよりも、ですよ、瑞希さん」
軽く咳払いした晴明君がチラリと佐々木さんに方を見やる。
ーーー危ない危ない。
また話が脱線するところだった。
「えーと、とりあえずそれで自己紹介はいいとして……佐々木さん。単刀直入に言いますね」
「……はい」
居住まいを正してこちらに向き直る佐々木さん。
私はそんな彼へ、至極真剣な表情で入内な事実を伝えた。
「あなた、今夜駆け落ちしようとしていますよね?」
「!?」




