第74話 和解
【沖田総司】
ーーー目の前で、大きな瞳からポロポロと涙を零している少女。
……泣かせたのは、僕。
泣きながら叫ぶその言葉には、彼女の本音が確かに、刻まれていた。
「沖田さんは、私のこと、そんなに嫌いだったんですかぁっ!!」
……大きな瞳は、悲しみに歪んでいる。
それを見た瞬間、自分の中の黒い霞が急速に晴れていくのがわかった。
ーーー僕は一体なにをやってるんだ。
こんな風に女の子を泣かせて。
勝手に一人で苛立って。
ーーー僕らしくもない。
手から力が抜ける。
目の前の少女はーーー瑞希ちゃんは、ただただ嗚咽を漏らし、泣きじゃくっていた。
そんな彼女に、僕が今できることは、一つしかない。
「……こっちに、来てくれる?」
そう、できるだけ声の抑えて、高圧的にならないように囁く。
すると、涙に濡れた瞳がぼんやりとこちらを見上げた。
怯えた表情をする彼女を抱きしめたい衝動を抑え、僕は一歩後ろに下がる。
「……あと、涙、ふいて、瑞希ちゃん」
「う……」
ゴシゴシと、袖で素直に涙を拭いた瑞希ちゃんは困惑した顔で僕を見上げた。
「じゃあ、ちょっとだけ、付き合って」
コクリと、瑞希ちゃんが頷いたのを確認し、僕は大通りの方へ歩き出した。
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【桜庭瑞希】
「……こっちに、来てくれる?」
手を離した沖田さんが、そう、小さな声で言った。
その声音はいつになく優しくて、私は驚いて沖田さんを見上げた。
その瞳には、何かを後悔しているような、迷うような曖昧な表情が浮かんでいる。
ーーーそこに、さっきまでの苛烈な感情はなかった。
どういうことだろう?
沖田さんは、私のことが嫌いなわけじゃない?
それとも……。
その後、涙を拭くように言われ、慌てて袖で目をこする。
「じゃあ、ちょっとだげ、付き合って」
沖田さんの、真意のわからない申し出に不安な心を押し隠し、頷くと、彼はホッとしたようなほのかな笑みを浮かべた。
私の返答を確かめた沖田さんは、今度は私の手を取ることはせず、大通りの方へ足を踏み出した。
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沖田さんはそれから私に話しかけてくることはなく、無言で歩みを進めていた。
と、とある一軒の店の前で足を止めるとクルリと私の方を振り返った。
「ここで、ちょっと待ってて」
「……え……。……はい」
ーーーなんだろう?
暫くすると、沖田さんは一つの包みを持って帰ってきた。
「……はい、これ」
「これは……?」
「開けてみればわかるよ」
言われた通り、小さな箱を開いてみるとそこには……。
「あ……」
ーーーそこに入っていたのは、赤い、両端に金色の飾りがついた和紐だった。
「君が、探してるみたいだったから。それと、僕は君が嫌いなわけじゃない」
「え?」
「さっきのは、僕がどうかしてた。ちょっと、イライラしていたのを君に当たったんだよ……。……だから、ごめん」
「!!」
お、沖田さんが……。
謝った……!?
ーーーそっか。
沖田さん、私のこと嫌いだったわけじゃないんだ。
そうわかった瞬間、脱力感とともに笑いがこみ上げてきた。
「……なんで君、笑ってるわけ?」
「笑ってなんかないです」
「ふん。どーせ僕が謝ったのが珍しいんでしょ?」
「あれ、なんでわかったんですか?」
「君はわかりやすいから」
少し眉根を寄せた沖田さんがふて腐れたようにそう言った。
「……まぁ、それもありますけど、それよりも、沖田さんでもイライラするんだなあって」
「はぁ?」
「もしかして、誰かに勝負で負けたとか?ほら、沖田さん、結構負けず嫌いじゃないですか。だからイライラしてたんですよね?」
ーーー人に八つ当たりするなんて、まったく、危うく勘違いするところだったじゃないか。
私の言葉に、沖田さんは驚いたように目を見開き、が、なぜか呆れたようにこちらを見下ろしてため息をついた。
「ったく、なんでそう、君って鈍いのかなぁ……?」
「???なんか言いましたか?」
「……別に。なんでもないよ」
肩をすくめた沖田さんの顔に、いつものようなちょっと意地悪な笑みが浮かぶ。
「ただ、君って単純だなぁってさ」
「なっ、人をつかまえて単純ってなんですか!!」
ーーー私がいつ、単純だったんだ!?
過去の記憶をほじくり返すようにして考えてみる。
「ほら、いつまでそこに突っ立ってるの?早く屯所に帰るよ」
ハッとして顔を上げると、すでに歩き出していた沖田さんがいた。
「ああっ、待ってくださいよ沖田さん!!」
「ボーッとしてる君が悪いよ。いつまでそんなアホ面晒してるの、瑞希ちゃん★」
な、なにおう!!
いつもの沖田さんに戻りやがったな!!
ーーーけれど。
心の中ではそれに自分自身、ホッとしていることを私は知っている。
だから私は。
「誰がアホ面ですか!ほんっと、失礼な人ですね!!」
ーーーそうやって、いつも通りの言葉を返すのだったーーーーーーーーーーーーー。
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【???】
ーーー自分で自分の「闇」を消したようね。
呑み込まれる一歩手前だったみたいだけど、あの子……桜庭瑞希のおかげで振り払えたのかしら。
ああやって、人の心を照らす所は、「彼女」とそっくり。
ーーー同じ「器」を持っているのだから、当然かもしれないけれど。
ーーー沖田総司、か。
あなたは、私と似ているわ。
あなたがどんなに桜庭瑞希を思っても彼女があなたのものになることはない。
すでに芽生えてしまった、「あの気持ち」がある限り。
私も、同じ。
その思いが報われることはない。
それをわかってなお、私は私の「目的」のために動いているのだから、滑稽に思われるかもしれないわ。
それでも。
それでも私はーーーーーーーー。
時は刻一刻と迫ってきている。
あなたが変えなければならない「歴史」は近いの。
今度こそ。
今度こそ。
私はあなたの、ために……。




