第73話 私のことが嫌いですか?
【桜庭瑞希】
「……そんなところで、なにやってるの?」
人気のない路地裏に、そんな声が響いた。
「っ……沖田、さん」
ーーーああっ、救世主っ!と思いかけるが、本人の顔を見た瞬間、私は背筋が凍るような感じがした。
ーーーいつもはなにを考えているのかわからない、飄々とした笑みが浮かんでいるその端正な顔は無機質な無表情で、「表情」というものが見当たらない。
こちらを見据える瞳は、どこか虚ろだった。
「なんだ、てめぇ?」
そんな沖田さんの異常に築くはずもない浪士3人組は目つきを眇め、沖田さんを取り囲んむ。
「そこの小僧の仲間かぁ?まぁいいぜ?こっちは3人、そっちはふた……」
「……れ」
「……は……?」
ーーーーーーースパーーーツーーーーーー。
ゴトリ。
ーーー沖田さんに詰め寄った一人の腕が、その傍にボトリと落ちた。
「ひ、ぎぃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ーーー男の絶叫が響き渡る。
「な、な……」
「ひっ……」
後の二人も腰を抜かし、驚きと恐怖が入り混じった表情で沖田さんを見上げた。
「……」
夥しい血が流れる腕を抑え、のたうつ1人と茫然自失の2人を無感動に一瞥し、が、すぐにその視線がこちらを向く。
「……き、た、さん……?」
震える声で呼びかけるが、その虚無の表情が変わることはなかった。
そのまま沖田さんは3人にはそれ以上目をくれることもなく、まっすぐに私のそばへ近づき、
「っ!!」
……私の右手を掴み上げた。
「いっ……!」
ふりほどく事なんて出来ない、容赦ない力で捕まれ、その痛みに思わず小さな悲鳴をあげる。
が、沖田さんはそれを気に止める様子もなく、私の手を引き歩き出した。
「ちょっ、沖田さんっ!?」
ーーーおかしい。
様子が、明らかにおかしい。
私の抗議も虚しく、沖田さんはずんずんと路地の奥へと進んでいく。
「まっ、待ってっ!!な、なんなんですか!痛いですっ!!離してくだ……っうわあっ!」
と、あの3人から少し離れた場所まで来たとたん、右手を乱暴に離され、壁を後ろ手にしてよろける。
「な、何するんですかおき……っ!」
ダンッ!!
「……その口を閉じなよ」
ーーー激しい苛立ちの含まれた、いつもより低い声が耳元で響く。
沖田さんは私を壁に押しつけるように、両手で壁を乱暴についた。
……頭の両側に沖田さんの腕があって、完全に退路を塞がれる。
ーーー目と鼻の先にある沖田さんの表情は相変わらずの無表情だったが、代わりに私を見下ろすその瞳には狂気的な、いろいろな感情がないまぜになったような苛烈な光を宿していた。
「……ねぇ、君ってなんでいつもそうなのかなぁ?」
「っ!!」
「どうして警戒しないの?どうしてわからないの?あの下衆どもが親切心から誘ってきたと、本当に思ってたわけ?思ってたんだろうねぇなんせ馬鹿正直についていったくらいだから」
「っ……そ、それはっ……!!た確かに、私が鈍かったですけど、そうじゃないってわかってたらっ……!!」
「へぇ?じゃあ親切心で誘ってくれたなら君はついていくんだ?」
「それは……」
「ついていくんでしょ。誘ったのが、誰だったとしても。だからあいつらにもついて行ったんでしょ?」
「だ、だって、それは……お店、教えてくれるって言うから……」
「僕が言ってるのはそういう事じゃないよ」
「いっ……」
両手を掴まれ、壁に押し付けられる。
振り払おうともがくが、そもそも男の人の力に敵うはずもなかった。
「君ってさ、いつもそうだよね。いつもいつも、誘われれば何処へでもついていく。昨日も、平助に誘われたからってホイホイついていってさぁ?そしてまた今日も、今度はさっきまで敵だった奴らについていった。ほんと、淫らな娘。君なら、誘われたら閨にまでついていっちゃうんだろうねぇ?」
「っ!!」
“淫らな娘”。
ーーーなん、で、そんなこと。
「そうやって誰にでもいい顔して、弄んで、君がやってるのって、遊女と一緒だよね。……ほんっとに、君って最低だよね」
抑えられた両手の力が強まる。
沖田さんの瞳はどす黒く、歪だった。
ーーーこんな沖田さん、初めて見た。
沖田さんの目が、私への嫌悪に染まっている。
ーーーほんっとに、君って最低だよね。
「っ……」
ーーーズキリ。
胸が、痛い、
掴まれた腕以上に、痛い。
なんで。
胸の中から、熱い何かが込み上がってくる。
「……んで」
どうして。
「なに?なんか文句あ……」
「どうしてそういうこと言うんですかっ!!!!!!」
私はキッと沖田さんを睨み、その堰を切ったように溢れ出した感情を言葉に乗せて叫んだ。
「どうして、どうしてそんなこと言うんですかっ!!!!誰にでもいい顔している?私が弄んだ?平助君を?ーーーそんなわけないじゃないですかッ!!!!そんなこと、あるわけないじゃないですかッ!!!!」
胸が痛い。
心が痛い。
目から溢れ出たそれは視界がぐらりと揺らがせた。
「沖田さんは、そんな風に私を見てたんですか!!!!私がそんな奴だと思って見てたんですか!!!!他の人の心を笑ってるような人だと思っていたんですか!!!!そんな、そんな最低な人間だと思っていたんですかッ!!!!!!!!」
「私っ、近づけたと思っていました!!!!この前の誘拐事件で、沖田さんたちと一緒に事件解決して!!!!少しは沖田さんが私のこと、認めてくれたかなって……!!私が2階にいて、そのあと沖田さんが駆けつけてきてくれて、私の無事をちょっとは喜んでくれたみたいで、嬉しかったッ!!!!あの最低男から守ってくれたときも、嬉しかったんですッ!!!!」
「最初ははっきり言って嫌いでしたけど、それでも私は沖田さんのこと、いろいろ知ることができて、沖田さんのいいところも見つけて、仲良くなるように努力したいとも思って。……それなのにッ!!!!」
「そう思っていたのは、私だけだったんですか!?沖田さんは、私を嫌な子だって、最低な子だって思ってたんですか!?私のこと、少しは認めてたり仲間だと思ってくれてると思ってたことは、ただの思い違いだったんですか!?沖田さんはッ!!私のこと、そんなに嫌いだったんですかぁっ!!!!!!」
胸が苦しくて。
心が痛くて。
涙が止まらない。
私が思ってたことは、全部嘘だった?
沖田さんは、本当は私のことが大嫌いだった?
嫌悪してた?
ーーー悲しい。
ーーー苦しい。
ーーーそっか。
私、悲しかったんだ。
沖田さんに、自分を否定されて。
悲しかったんだ……。
ーーー沖田さんの顔が見えない。
沖田さんがなににこれだけ怒っているのか、わからないよ。
「もう、わけがわかんないですよぉっ!!!なんで沖田さんはそんなに怒ってるんですかっ!!私の存在そのものが嫌いだからですか!?だったらそういえばよかったじゃないですかッ!!!!私だけ仲良くしたいなんて思って、馬鹿みたいじゃないですかッ!!沖田さんの、沖田さんのばかぁぁ!!」
心の中、もうぐちゃぐちゃだよ。
ーーー両手の力が緩まる。
ーーーそしてーーーーーーー。




