第72話 苛立ち
【沖田総司】
「おーい、総司!」
人の名前を大声で叫びながら後ろを駆けてくる新八。
よし、見なかったことにしよう★
「っておい、聞こえてるだろ!?無視すんな!」
「チッ……」
「今舌打ちしたよなぁ!?」
「何の用?」
僕、忙しいんだけど?
「なぁ総司、瑞希見なかったか?」
「……彼がどうかしたの?」
女の子なのに、男の格好をして隊士をやっている、瑞希ちゃん。
確か、今日は昼の巡察担当だったはず。
「巡察に行ってるんじゃない?」
「いや、さっき帰ってきていたよ」
「!左之!?お前、いつからいた!?」
「ついさっき。人を突然現れた化け物みたいに言うな、新八」
「いやぁ、スマンスマン」
ふーん。こいつ、気づいてなかったんだ?
左之が近づいてたの。
僕はずっと前から気づいてたけどね★
それにしても……。
「ところでさ、瑞希君、帰ってきたって本当?どこにいるの?」
「ん?ああ……門のところで、たまたま出てきた平助とどこかに行ったみたいだよ」
「……そう」
ーーーふぅん?
平助と、ねぇ?
一度帰ってきたってことは、それは予定外だったってこと。
とすると、平助に何処かに誘われたんだろうねぇ?
ーーー得体の知れ無い、黒くてモヤモヤした何かが心を満たしていくような気がする。
「そっか。瑞希、平助と出かけたのか。んじゃあ仕方ねーな」
「仕方ないって?瑞希を何処かに誘うつもりだったのかい?」
「ああ、そうだよ。ほら、あいつ甘味とか好きだろ?街でたまたま美味しい甘味処見つけたから一緒にどうかなってさ」
「へぇ?それはいいね」
「それじゃあ左之も行くか?どうせだし、平助も誘って……お、総司も一緒にどうだ?お前も甘味好きだったろ?」
新八の邪気のない視線がこちらを向く。
そこに、別に敵意とかがあったわけではないのにもかかわらず、なぜか無性にイラついた。
「……遠慮するよ。甘味は一人で食べる主義だし。それじゃあ僕は忙しいから。じゃあね」
早口に言い立て、その場を後にする。
「???なんかあいつ、機嫌悪くねーか?」
「確かに。あんな風に感情をわかりやすく表すなんて、総司にしては珍しい」
ーーー別に2人には関係ないでしょ。
それに僕は不機嫌なんかじゃないから。
ーーーでも、だったら。
このモヤモヤした苛立ちは、一体なんなんだろうかーーーーーーーーーーーーー。
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【桜庭瑞希】
山南さんのお見舞いに行った翌日。
他の隊士たちと巡察に行った私は浪人3人の乱闘騒ぎに出くわした。
「あなたたち、なにやってるんですか!」
剣を抜き、乱闘の中に割って入って喧嘩両成敗、3人まとめて叩きのめした。
そして、巡察も終わり、皆と別れた後、まだ日が暮れるには時間があるので、髪を結ぶ紐か何かでも買っていこうと思い立ち、街の髪留め屋を探した。
ーーー最近、髪伸びたよなぁ。
もともと、腰くらいまであった髪は、今ではおろすとお尻くらいまであって、重さが増したせいと、そもそも持っていたゴムをずっと使っていたせいもあり、今にも切れそうな感じなのだ。
まあ、この時代なのでゴムみたいな便利なものはハナっから期待してい無いが、せっかくだからこの時代っぽいのが欲しいなぁなどと考えていた時だった。
「おい、お前」
「ほえ?私ですか……って、あなたたち、さっきの……!」
喧嘩浪士3人組!!
「いやぁ、さっきはほんとスンマセンでした」
「俺ら、頭に血が上っちまってて」
「迷惑をおかけしやした!」
「……ええっと……別に謝らなくていいですよ。今後ああいうことをしなければいいんですから」
ーーー突然頭下げられてびっくりしたよ。
でも、ちゃんと反省して謝りに来てくれたなんて、この人たち、意外といい人なのかも。
「あ、そうだ!この辺りに、髪を結ぶ紐かなんかを売っている店はありますか?」
「ああ、それなら俺たち知ってますぜ!案内しやしょうか?」
「え、いいんですか?」
おお、やっぱりいい人たちだ。
「それじゃあよろしくお願いします」
「はいよ!」
浪士3人組はみな笑顔で頷くと街を迷いない足取りで進み始めた。
ーーーそれにしても、なんだかこの人たち、沖田さんみたいだなぁ。
ほら、最初は嫌いな奴だったでしょ?
なーんて言ったら絶対怒られるけどね。
前は、嫌いだと思っていた沖田さん。
だけど、しばらく一緒にいるうちに、いろいろなことを知った。
子供が大好きなこと、本当は、結構正義感が強いこと、負けず嫌いなこと。
いつしか、できれば仲良くなりたいなと思っている自分がいるのには気づいていた。
沖田さんも、私と同じこと思ってくれてるといいな……。
そんなことを思いつつ、大通りを抜け、その脇にある人通りの少ない道へと歩いてく。
ーーーん?
こんな処にお店なんてあるのかな?
「あの、こっちで本当にあってますか?」
道、間違って無い?
「……間違ってねぇよ」
「っ!?」
突然ドンッと突き飛ばされ、とっさになんとか踏ん張って後退する。
振り返った3人はさっきまでとは違い、下卑た笑みを浮かべていた。
「一体なんなんですか!?」
「んなこと決まってるだろ?さっきの御礼をしてやるんだよ、にーちゃん?」
「っ!騙したんですか!」
「騙される方がわりーんだよ」
3人は腰の刀を抜き、余裕の笑みを浮かべた。
さっきは、他の隊士がいたから良かったが、今は3対1。
それだけならばまだしも、ここは人気のない細い路地で、素速く動き回るにはまるで適してい無い環境だ。
ーーー迂闊だった!
こんな初歩的な方法で騙されるなんて!
なんで私はこうも騙されやすいんだっ!!
ーーー後悔するも、時すでに遅し。
このままじゃまずいーーーーー!!
そう思った時だった。
「……そんなところで、なにやってるの?」
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【沖田総司】
昨日からの苛立ちが抜けず、気分転換に街に出てみると、3人の浪士たちと何か会話している瑞希ちゃんを見つけた。
瑞希ちゃんはそいつらと幾つか言葉をかわすと、パッと顔を輝かせ、先導する3人の後をついていった。
ーーーそいつら、一体誰なのさ。
そうやって、また誰彼構わずついていっちゃうの、君は?
ーーー黒い「何か」がざわめいた。
…………明らかに怪しい3人組。
一体、お前たちは瑞希ちゃんになにをするつもり?
理由の分から無い苛立ちを胸に、僕は4人の後を付ける事にした。
3人は大通りを抜け、人気のない、怪しい小道へと瑞希ちゃんを誘導していく。
ーーーねぇ、瑞希ちゃん。なんで君は怪しいって、気づかないの?
無防備にもほどがあるよ。
しばらくその道を進み、さすがにおかしいと気がついたらしい瑞希ちゃんが声を上げると、男たちは振り向いていきなり彼女の体を突き飛ばした。
「っ……!」
ーーー疑う余地なしだ。
妙にイライラする。
男3人にも、そしてなぜか、被害者なはずの瑞希ちゃんにも。
ーーーねぇ、なんで君はさぁ。
そうやって警戒心ないのかな?
どうして君は。
ーーーいつもいつもこうやって僕を苛立たせる?
浪士3人の、瑞希ちゃんを見る笑みが感に触る。
ーーーお前たちごときのクズが、その目で、僕の玩具を見ないでよ。
ーーー3人が刀を抜いた瞬間、僕の中で何かがプツンと切れたような感じがした。
「……そんなところで、なにやってるの?」




