第71話 平助君の葛藤
その日、昼の巡察から帰ると門のところで平助君にバッタリと出くわした。
「あ、平助君」
「おかえり、瑞希。巡察お疲れ様です」
「ありがとー。平助君はお出かけ?」
「ええ、まぁ。山南さんが夏負けしたそうなので、何かお見舞いの品でも買いに行こうかと」
「え、夏負け?」
夏バテのことだろうか?
確かに、7月も半ばに入って、京もだいぶ暑くなってきたが、この時代はどうやら平成よりも涼しいらしくーーーおそらく高層ビルだのアスファルトだの地球温暖化だのがないおかげだと思うがーーーあの東京の、まるで鉄板の上で焼かれている目玉焼きの気分を味わう地獄的暑さに比べたら全然マシ、というレベルの気温である。
「そういえば、山南さん、夏の暑さが苦手って言ってたっけ」
「……良かったら瑞希も一緒に買い物に行きませんか?都合が合えば、ですけど」
「行く行く!山南さんにはいつもお世話になってるし、甘味買いに行きたいし!」
「まだお見舞い品、甘味と決めたわけじゃないですよ?でもまぁ、瑞希らしいです」
「えへへ……だって甘味好きなんだもん」
甘いものならなんでもウェルカムなんだよー私は!
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結局、山南さんへのお土産にお団子を買い、私たちは臥せっている山南さんの元へとやってきた。
「お見舞いに来てくれたのかい?ありがとう」
布団の上で上半身を起こした山南さんが笑顔で迎えてくれる。
今日は具合がいいらしく、顔色も良かったのでちょっと安心した。
山南さんの部屋は書物がいっぱいで、これは性格からかきちんと整頓されていた。
「はい、これ、お土産です」
「これは……お団子かな?」
「はい。本当は冷たい葛切りとか持って帰って来たかったんですけど、タッパーないし、保冷剤ないし、外出したら暖かくなっちゃうので断念しました」
「え、たっぱー?ほれいざい?」
「あっ、いえ、なんでもないです」
ああ、そうだった。
この時代に、そんな便利道具はなかったっけ。
保冷材なら、晴明君の陰陽術でなんとかなるかな?
「私はあまり食欲がないから、こんなに食べられないな。2人も食べてくれるかい?」
「はい!よろこんで!」
餌を出された飼い犬よろしく思わず身を乗り出した私を見て平助君と山南さんはクスクスと笑っていた。
「それにしても、あのお団子屋、いろんな種類のお団子があったよね」
「はい。……『わさび団子』なんてのもありましたし」
「『わさび団子』?それは確かに気になるね。他にはどんなのがあったんだい?」
手元のみたらし団子をチラリと見やり、山南さんが興味津々な眼差しで私たち2人を見比べた。
「えーとですね、あとは……ああ、『餡蜜団子』なんてものも」
「『餡蜜団子』?」
「普通のお団子に、餡子と果物が載っているんです」
あれはちょっと食べてみたかった。
「あ、瑞希、あれなんてどうですか?あの、『黒団子』!」
「ああ、そんなのあったねぇ!」
「『黒団子』、というと、その名の通り真っ黒なお団子かな?」
「そうですそうです。お店の人にこれはなんですかって聞いても、教えてくれなかったんですよねー。ただ、『黒団子』としか。食べてみたいような怖いようなって感じですよね」
「え、瑞希はあれ、食べたいんですか?あんな真っ黒のお団子を?」
「平助君は嫌?」
「嫌、というか……食べたいとは思わないですね」
「えー、そう?山南さんはどう思います?」
「そうだね……。私もちょっと遠慮したいかな」
「ええ〜そんな。何事にもチャレンジしないとダメなんですよ?」
「ちゃれんじ?」
「試すってことです」
「それはこの間の……英国の言葉かい?」
「あ、はい、そうです」
「このあいだの英国の言葉って……瑞希は異国の言語を話せるのですか?」
驚いたように目を丸くした平助君がまじまじと私を見つめて言ってくる。
「話せるってほどじゃないけど、まあ、少しくらいなら」
「……時々、瑞希は今までどんな風に生きてきたのか、疑問に思います。常識を知らないのに、そういうことは知っている。不思議です」
「えっ!?そ、そうかな?」
いやまぁ、フツーに平成の学校教育受けてきたんだけどね。
というか、やっぱり常識ないやつだって思われてたんだ……。
内心のショックを飲み込みつつ、手に持った串に刺さった、最後のお団子をパクリと口に放り込む。
「ん〜やっぱり甘味最高〜。もうひとつもらっていいですか!?って、図々しいですよね……」
「ははは。構わないよ」
見舞い品のために買ってきたお団子を食べ尽くさんばかりの私を笑顔で許す優しいお兄さんな山南さん。
「んーと、ん〜?あれ?」
「どうかしましたか、瑞希?」
「うん……狙ってた奴がなくなって……あ」
「え?」
平助君をーーー正確にはその手元を見てピシリと固まった私を見て不思議そうに首をかしげた。
「ひょっとして、瑞希君が食べようと思ったお団子は平助君が持っているものなのかな?」
クスリと笑みを浮かべた山南さんが私の顔を覗き込むようにして言った。
「え、そうなんですか?……すみません。これ、あげますよ」
「いやいや、いいっていいって!そんな、悪いし!別の食べればいいんだから!」
さすがにそこまで図々しいことはできない。
「いえ、別にいいですよ。まだ手をつけてないですし」
「……え、でも……」
「瑞希にならあげてもいいです」
「……ほんとにいいの?」
マジで?
「はい」
ーーーゴクリ。
そ、それなら……。
ちょ、ちょっとだけ……。
「じゃあ、一口もらうね、平助君」
「え?」
ーーーもらうといっても、全部だと申し訳ないから、ひとつだけもらおう。
そう思って平助君の持つお団子の一番上のひとつにパクリと食いつく。
「ふわぁ〜美味しい〜」
さっき私が食べた餡子のついたお団子とはまた違う、黒蜜の香りが口いっぱいに広がる。
その天国な風味を堪能しつつ、それを譲ってくれようとした懐の広〜い平助君に礼を言うべく顔を上げた、が。
「っ!?!?!?」
ーーーアレ?
なぜか平助君が顔を真っ赤にしている?
なんでだ?
「……君は……ずいぶんと積極的だね」
「はい?」
なぜかこちらも少し恥ずかしそうに顔を赤らめて視線をそらしている山南さんがぽそりと呟く。
ーーー積極的?
「???なんで平助君も山南さんも顔を赤くしてるのさ?」
「なんでって……む、無自覚にやってたんですか……」
「え、なにを?」
はて、と首をかしげると信じられない、というような顔をされてしまった。
「いや、だって、全部もらっちゃうなんて、悪いなぁって。お団子ならさ、一口もらうってこと、やりやすいじゃない?あ、もちろん残りは平助君が食べてくれていいからね?」
「えっ……こ、これを食べるんですか?僕が?」
「……そうだけど……あっ!まさか、平助君、そういうの、嫌だった?ご、ごめんっ!!そ、そうだよね。人が口つけた食いかけなんて食べたくないよね……。ほんっとごめん!!」
うわー私、何やってんだ。
そういうの、嫌がる人もいるんだった!
私はそういうの、全然気にしなくて、人が口つけたペットボトルとか、平気で飲んじゃうタイプだから気づかなかった……。
「い、いえっ!!そんなことないです!……た、ただ、その、ちょっと驚いて……」
「本当?」
「は、はいっ!!全然いやなんかじゃないです!」
平助君の顔はまだ少し赤いものの、嘘を言っているようには感じられない。
「そっか!よかったぁ♪ほんと、焦ったなぁ。……そのお団子、とっても美味しかった!ありがとね、平助君っ!!」
ニコッと笑顔を向けると、なぜかまた顔を赤らめる平助君。
「……瑞希君は、てっきり桔梗君とできているのかと思っていたが……」
「はい?なんか言いましたか、山南さん?」
「いや、なんでもないよ」
なんでもない、と言いつつも、山南さんは同情するような視線を平助君に向けていた。
「……平助君。私も、少しは君の気持ち、わかるかもしれない。応援しているよ」
「なっ……!さ、山南さんっ!?ぼ、僕は、そんなんじゃ………!!だって瑞希は男っ……!!」
「??ねぇ、さっきから何の話?」
「み、瑞希は知らなくていいですっ!!」
む、そうなのか?
でも凄まじく気になるぞ?
「っ!!ぼ、僕はす、少し行かなければならないところがあるので、これで失礼しますっ!!」
「あ、平助君!?」
顔を真っ赤にした平助君はそう、早口に言うと、お団子を持ったまま、山南さんの部屋を飛び出して行ってしまった。
「あ、あれぇ?私、なんか気に触るようなことでも……?」
「いや……確かに原因は君かもしれないが、あれは彼自身の問題だから、瑞希君は気にしなくてもいいだろうね」
平助君の心情を察しているらしい山南さんはなんとも言えない、生温かいような視線を私に向け、そう断じたーーーーーーーーーーーーーーー。
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【藤堂平助】
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ーーーぼ、僕はっ!!
一体何を考えているんですかっ!!
み、瑞希は、男なのにっ!!
思わず山南さんの部屋を飛び出し、自分の部屋に戻ってきて、自分がさっきのお団子を持ったままなことに気付く。
ーーー瑞希が、口をつけたもの。
「うぅ〜〜〜〜〜〜〜〜」
ーーーまさか、ああ来るとは思わなかった。
すぐ目と鼻の先に来て、僕が手に持つ甘味にパクリと食いつき、直後とろけるような笑顔を浮かべ、それと同時にふんわりと香る、およそ男とは思えないような甘い香りーーーーーーーー。
「あああああっ!!」
ーーー僕は馬鹿ですかっ!!
これじゃあ、左之となんの変わりもないじゃないですかっ!!
ぼ、僕に、そんな趣味は……っ!!
『ありがとねっ、平助君!!』
「っ………!!」
心底嬉しそうな、曇りのない笑顔。
パッと咲いた、大輪の花。
「僕は……… …」
彼は、男だ。
なのに。
「何を考えているんだ、僕は……」
さっきの瑞希のことを、正直、「可愛い」と思い、高揚してしまったのだ。
「……これ、どうしよう……」
そのまま持ってきてしまった、食べかけの甘味。
ーーー食べないと瑞希に悪いし、何よりも食べ物を捨てるのはもったいない。
「そ、そうですっ!別に、深い意味なんて無いんですっ!!」
自分自身にそう言い訳をして、黒蜜のかかったお団子を口に放り込む。
ふんわりと広がる甘さは絶妙で、瑞希があんな顔をするのも頷ける。
「ほんと、何やっているんだ、僕は……」
もうこれじゃあ、左之のことをとやかく言えない。
自分の出自を悩んでいた僕を励まし、認めてくれた人。
それと向き合う勇気をくれた人。
ーーー僕のこの気持ちは、一体なんなんだろうか?
ーーー答えは、なんとなくは理解している。
けれど。
「認められるわけが無いっ……!!」
僕は、その気持ちを、絶対に認めるわけにはいか無いんだ……っ!!
瑞希と、「正しい友人」であるためにはーーーーーーーーーー。




