第70話 再開の果てに
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「……そうよ」
百合さんは苦笑を浮かべ、私を見上げて頷いた。
「ほんと、偶然ってあるのね。まさか、たまたま知り合ったあなたが、左之助さんの知り合いだったなんて」
「……私も驚きましたよ」
ーーーこの人が、原田さんが一途に思っていた……いや、今も思い続けている恋人か……。
原田さんは自分の恋人……百合さんが私に似ているなんて言っていたけど、正直どこがだ、と言いたい。
自分で言うのもなんだが、私は百合さんみたいな色っぽい美人では決してない。
日頃、色気がないだの女に見えないだのチビだのお子様だのと言われている私と百合さんでは月とスッポンである。
ーーー自分で言っていて涙が出るほど虚しいが、これはまぎれもない事実だと、15年間自分の顔を見てきた私が断言しよう。
「……あなたと左之助さんって、どういう関係なの?」
「えっ!?い、いや、別に、そんな変な関係じゃないですよ!?た、ただの同僚ですから!!」
「ふふっ、そんなに慌てなくてもいいわよ。別に、あなたが彼と恋人だとしても、私に口を出す資格もないわ」
「いやいや、違いますからね!?」
「ええ、そうね。あなたが嘘を言っていないことはわかるわ」
「は、はぁ……」
……私、からかわれていたのか?
「……彼、元気にしてる?」
「え?あ、はい。……というか、原田さん、京にいますよ」
「え」
「原田さんは『壬生浪士組』っていうところに入っていて、私もその同僚です」
「……壬生浪士組?」
「はい。まぁ、京の治安を守る何でも屋みたいなものです。あ、私は一応そこで男装して入隊しているので、私が女だってことはくれぐれも秘密にしてくださいね?」
「……ええ、わかっているわ。ちゃんと秘密にする。……そう、あの人、京にいるんだ……」
「……会いに行きますか?」
「え?」
私の申し出に、百合さんは一瞬目を見開き、が、ゆるゆると首を横に振った。
「……いいえ。やめておくわ。あの人だって、一方的に関係を切った女のことなんて忘れているわよ」
「そんなことないですよ、百合さん。だって、私は原田さん自身から百合さんのことを聞いたんですから」
「あの人から?……でも、やっぱりいいわ。たとえ彼が忘れていないのだとしたら、それなら早く忘れて、彼には幸せになってほしい。私には、それは叶えられないから」
「あ……」
そうか。
百合さんは、今はもう……。
「……私の夫は、私のこと、とっても大切にしてくれているわ。私、これでも子供がいるのよ?」
「ええっ!?」
「そんなに驚くことはないでしょうに」
「いや、子供って……百合さんって幾つですか!?」
「私?19よ」
「じゅ、19……」
さ、さすが早婚の時代……。
「そういうあなたは幾つなの?」
「私ですか?15ですよ」
「もう適齢期じゃない」
「え、なんの?」
「なんのって……そんなの、結婚に決まってるじゃない」
「えええっ!?」
そ、そうなのか!?
「あなた、恋人とかいなの?」
「……産まれてこの方できたことないです」
「そうなの?あなた、十分可愛いのに」
ははは。お世辞はいいですよ、百合さん。
「……あ、私、そろそろ帰らないと」
「あっ……」
辺りを見渡すと、いつの間にか夕日が下りてきていた。
まずい!夜の巡察に行かないと!
とはいえ、こんな時間に女の人を一人で返すのは気がひける。
「百合さん、私、送っていきま……百合さん?」
黒くて大きな瞳が、私ではなく、その後ろに向かられ、しかもそれは限界まで大きくなっていた。
「??なにが……っ!?」
後ろを振り向き、そこにいた人物の姿を見咎めて息を呑んだ。
「っ、原田、さん」
ーーーそこにいたのは、こちらも瞳を大きく見開いた百合さんの元恋人だった。
「……百合」
「……っ、左之助、さん」
二人の間に、重い沈黙が流れかける。
ーーーが、それを瞬時に破ったのは原田さんだった。
「……瑞希」
「は、はい!」
「申し訳ないけど、少し百合と二人きりにしてほしい。通りの方でまっていて」
「!わかりました」
つまり、私は席を外せってことだよね?
さすがにそこで食い下がる度胸は私にはない。
一度だけ百合さんの方を振り返り、が、目があった百合さんに安心しろ、とでも言うように頷き返されたのでこれ以上ここにいるべきではないなと思い、私は原田さんの言う通りの方へ歩き出した。
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【原田左之助】
瑞希の後ろ姿が見えなくなったことを確認し、目の前に立つかつての恋人へ視線を戻した。
「……驚いたよ。まさか、瑞希と一緒に君がいるなんて。君のことだから、あの子が女の子だって、気づいてるんだろうけど」
「ええ、もちろん。……私だって驚いたわ。偶然出会ったあの子があなたの知り合いだったなんて」
笑みを浮かべたその姿は三年前と全く変わっていない。
……多分、前の自分だったら、かなり取り乱しただろう。
だけど、今の俺はーーー。
「……俺ね、あの子を……瑞希を、君の代わりにしようとした。口説いて、優しくした」
「!!」
大きな黒い瞳が見開かれる。
ーーーこういうところは、瑞希とよく似ている。
けれど、今の俺には……。
「……けど、それが彼女にばれちゃった」
「……」
「それで、君のことを話した。そうしたらあの子、なんて言ったと思う?」
「……あなたを責めたの?」
「……いいや。あの子は、俺のことを責めなかった。それどころか、俺があの子を口説いてた理由がわかってよかった、なんていったんだよ」
「!……ふふっ、瑞希さんらしいわ。それで、あなた……ひょっとして……」
「うん」
かつての恋人へ微笑を返し、俺は自身の本心を告げた。
「俺は、あの子のことが好きだよ」
まぎれもない、彼女自身が、ね。
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【桜庭瑞希】
「お待たせ、瑞希」
「うわぁっ!!」
二人を待って道の端にぼんやりと立っていた私へ突然かけられた声に思わず飛び上がると、苦笑気味な笑い声が降ってくる。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
「す、すみません」
見ると原田さんだけでなく、百合さんまで笑っていた。
ーーーうわぁ、恥ずかしい。
「それで、その……」
「話なら終わったよ」
「そ、そうですか」
……一体どんな話をしたんだろう?
ーーー聞きたいが、さすがにここでそれを口にすることは憚られた。
「それじゃあ、私は家へ帰るわ。うちの者も心配してるだろうし」
「あんまり心配かけすぎるなよ?」
「わかってるわよ」
百合さんは肩をすくめてそう言い返し、私の方を向くと意味深な笑みを浮かべた。
「私、左之助さんのこと、応援するわ」
「はい?」
ーーー原田さんのことを応援する?
はて、一体何のことだろうか?
「それじゃあ、ばいばい、瑞希さん、左之助さん。またどこかで会えるといいわね」
「あ、はい!さようなら!」
さっきの意味深な発言に質問を返す間も無く、百合さんはなぜか楽しげな表情で手をパタパタと振った。
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百合さんの後ろ姿を見送りった私たちはこのまま夜の巡察に出かけることになった。
ちなみに、今回一緒に回るのは原田さんらしく、帰りの遅い私を心配して探しに来てくれたらしい。
「あの、原田さん」
「ん?なんだい?」
さっきの百合さんの最後の言葉の意味を、原田さんなら知っている気がしたので質問するべく隣を見上げた。
「さっきの、百合さんが言っていた、原田さんを応援するって、どういうことですか?」
「ああ、あのこと?……そうだなぁ。ま、今は知らなくていいよ」
「ええっ!?そんなの、余計きになるじゃないですか!」
ーーー一体なんだと言うのだ?
が、それ以上の疑問を投げかけても原田さんに笑って躱されてしまい、結局私はその意味を知ることはできなかったーーーーーーーーーーーーーーーー。




