第69話 偶然の出会いと「既視感」
「きゃあ!」
「う、うわっ!?」
その出会いは唐突だった。
今日は夜の巡察が入っているが、昼間は暇になった私は、他のメンバーは皆仕事があるので誘うわけにもいかず、結局!一人でも街をぶらつくことになったのだが。
「だ、大丈夫ですか!?」
あてもなくブラブラ歩いていた私めがけて、裏路地から飛び出してきた人影がぶつかった衝撃で小さな悲鳴をあげる。
日頃から道場で日夜しごかれているーーー主に沖田さんーーー私はなんとか耐えられたのだが、その反動もあり、相手の方はドンッと尻餅をついてしまった。
慌てて助け起こそうと手を伸ばすと、その人ーーーとっても綺麗な女の人だったーーーはパッとその手にしがみつき、こちらを見上げた。
「助けて!」
「はい?」
全く状況が呑み込めないまま、その美人は私の手を引き、迷いない足取りで人目につかない道を選び、進んでいく。
「あ、あの、助けてってどういうことですか!?っていうかどこに行こうとしてるんですか!?」
「ごめんなさい!なにも聞かないでついてきて欲しいの!」
いやいや、何故に!?
そもそもあなた誰ですか!?
私の疑問を完全にスルーしたその女の人は見た目に似合わない足の速さで道を進んでいき、しばらくして見えた河原へ出ると立ち止まった。
「はぁ、はぁ……。ここまでくれば追ってこないでしょう」
「……あ、あの?」
……今「追ってこないでしょう」とか言ったよね?
まさか、この人、何か深〜いじじょうがあったりーーー。
私の困惑を察したのか、その美人さんはくるりと私の方を向き直り、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい……見ず知らずの人をこんなところまで連れてきてしまって。本当にごめんなさい!」
「い、いや、それはまぁ置いておくとして……さっき、『助けて』って言いましたよね?それに追ってくるとかこないとか。もしかして、誰かから逃げているんですか?」
私の問いに、その人は困ったような気まずげな表情で見返した。
「……そういうわけではないのだけれど……まぁ似たようなものよ。あ、そうだわ!自己紹介がまだだったわね。私の名前は百合よ。あなたは?」
「ああ……私は桜庭瑞希っていいます」
「ずいぶんと変わったお名前ね」
「ははは……よく言われます」
こっちの時代ではね。
「あの……百合さん?その、何か困っていることがあるのなら、私でよければ何かお手伝いしましょうか?」
「え……でも、いいの?初対面なのに……」
「まぁ、私は今日は取り敢えず暇なので」
というかそもそも初対面の人ここまで引っ張ってきたよね、君。
「暇……?あなた、面白いことを言うのね。こーんな美人と一緒にいたいから、とかじゃないの?」
「へ!?」
百合さんは悪戯っぽい笑みで私を見上げて言う。
もとより百合さんは私が見た中でトップクラスの色っぽい美人だが、その笑みはさっきまで以上に艶めいて見えた。
「……い、いや……私は、その……」
相手、女の人だしなぁ……。
「ふふっ、冗談よ。それに、あなたが女の子だってことはわかってるわよ」
「ええっ!?」
わ、私の正体、ばれた!?
なんで!?
「な、なんでわかったんですか……!?」
「そんなの、手を握ってすぐにわかったわ。私は女の子を男の子だって見間違えたりはしないわ。どういう事情で男装しているかは知らないけれど、安心して。誰にもいいやしないわ」
お、おう……。
そうですか……。
この人、原田さんと同じこと言うなぁ……。
「……私の昔の恋人も、そんなことを言っていたわ」
「え?」
百合さんは河原の土手に腰掛けるとポンポンと隣を叩いて私に座るよう促した。
「……ねぇあなた…瑞希さんって言ったわよね?」
「あ、はい」
「……瑞希さん。ちょっとだけ、私の話を聞いてくれる?」
「……はい」
百合さんの瞳が悲しげに揺れる。
私が頷くとその瞳がほんの少しだけ嬉しげに変わった。
「……私にはね、昔、恋人がいたの。とっても優しくて、かっこよくて、その人は私をとっても大切にしてくれたし、愛してくれた。そして、私もその人を愛していた。一緒に街に行った時、その人は私に、私の大好きな青紫色の着物を買ってくれたわ。それを着た私を見て、すごく嬉しそうに、でもちょっとだけ恥ずかしそうに笑っていたわ。……私も嬉しかった」
百合さんは懐かしむように目の前を流れる川を眺め、私にしか聞こえない小さな声でそういった。
その話に、私はふと、既視感を覚えて内心首をかしげた。
ーーー青紫の着物?
そういえば、原田さんが私にくれたっけなぁ。
たしか、原田さんの元恋人さんも青紫色の着物が好きだったって……。
「青紫色の着物、ですか。百合さん、すごい美人だからすっごく似合うんだろうなぁ……」
「ふふっ、ありがとう。……だけどね、私、もう青紫色の着物は着ないの」
「え?どうしてですか?」
せっかく好きな色なのに?
「……あの色は、あの人との思い出なの。……それを自ら捨て去った私に、あの色を身に纏う資格はないわ」
「それは……」
「……私ね、その人のこと、一方的にフったの」
「!!……それは、どうして?」
「……私の家はね、代々続く、所謂『名家』って呼ばれるもので、結婚も、親が決めた人とすることになっているの。……その人はその時江戸に住んでいて、私と出会ったのは偶然だったんだけど……私の両親が、その人とのことを受け入れてくれるはずもなかった。私に恋人がいると知った両親はすぐに私に縁談を持ってきたわ。うちの家よりも、上の家柄の人との縁談。断るのならば、縁を切るって言われたの」
「っ……そんな……」
「ひどい親でしょう?……でも、もっとひどいのは私。……幼い頃から親の庇護の元で生きてきた私には、あの人たちと縁を切るなんて勇気はなかった。そのくせ、あの人に別れをいうのも嫌だった。だから私は、約束していた逢引の場所に行かず、別れの文も出さずに、それっきり。あの人の方は、何度もその待ち合わせ場所に行っていたみたいだったけど、私は行かなかったの。……怖かったから。あの人に会うのが。自分の弱さで、捨て去ってしまった自分の気持ちを、知られるのが怖かったの。……そうして私は逃げたのよ」
「百合さん……」
自嘲気味にそう言う百合さんに、なんて声をかけたらいいのかわからず、それ以上言葉を重ねることができなかった。
それと同時に、さっきの「青紫色の着物」の話を聞いた時よりもさらに強い既視感を覚えた。
ーーーこの話、似たようなことをどこかでーーーーーーーーー。
「ああああああああああああっ!!!」
ーーーそうだ、百合さんの話は「あの話」に似ているんだ!
既視感の正体を記憶中からつかんだ私はガバッと立ち上がり思わず大声をあげてしまった。
いきなりの奇行に、百合さんは唖然とした様子で私を見上げている。
が、今の私にそれを気にしている余裕はなく、頭の中で百合さんの話と「彼」の話が次々につながっていく。
ーーー青紫色の着物。
ーーー身分違い。
ーーー親からの縁談。
そしてーーー。
「……百合さん」
「な、なに?どうしたの、瑞希さん?あんな大声あげ……」
「……百合さんの恋人」
「……?」
「もしかして……」
「!まさか、あなた、知ってるの!?」
百合さんの大きな瞳が驚きに染まる。
ーーー私の予測が正しければ。
ーーーもしそこに、「偶然の一致」というものがなければ、多分。
「……原田左之助」
「っ!?」
「百合さんの言う恋人って、原田左之助って名前ではありませんか?」




