第68話 「善意」が変えた悲しき業
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「……さん」
ーーー声が、聞こえる。
「……瑞希さん!」
「っ!?」
自分の名前を呼ぶ声に私はガバリと起き上がった。
「……って、桔梗君と、山南さん?」
「ああ、やっと起きたんだね、瑞希君」
ーーーいや、どうしてふたりがここに?
「って、新八君とゆねちゃんは!?」
「新八君なら、そこにいるが……ゆね、とは、誰だい?」
「あ、新八君」
山南さんが指す方を見やると私と同じように起き上がった状態の新八君と目が合う。
「あれ……?瑞希?ここ、どこだ……?」
「どこって……墓地、ですけれど」
「「ええっ!?」」
そんな馬鹿な。
私たちはさっきまで、確かに墓地の外に出て、泉に……。
「って、ゆねちゃんは!?」
「ゆね?さっきもおっしゃっていましたが、それは一体どなたですか?」
困惑顔で首を傾げる晴明君。
慌てて辺りを見渡すが、そこは確かに「広瀬」さんのお墓の前で、泉も、ましてやゆねちゃんたちもいなかった。
「え、ええ〜!?そんなはず……」
ーーーまさか、さっきのは夢だった?
新八君も同じものを見たみたいなのに?
そんなアホな。
「し、新八君。さっきの……夢じゃ、ないよね?」
「だ、だよなぁ……?」
「まぁとにかく、二人とも無事でよかった。二人が戻ってこないから探しに来てみたら……驚いたよ。目的地で二人共倒れているから」
「す、すみません……」
「それじゃあ私は皆に報告してくるから君たちは後からゆっくりおいで」
「あ、はい!ご迷惑おかけしました……」
ぺこりと頭を下げると、山南さんは笑って私たちの頭をポンポンと軽く叩いて行った。
「あの、瑞希さん、永倉さん」
山南さんの後ろ姿が見えなくなった頃、しばし考え込むようにして沈黙していた晴明君がふと口を開いた。
「その、二人が見た『夢』と言うのを、お聞かせ願えますか?」
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「……なるほど」
見慣れないお墓で迷子のゆねちゃんにあったこと、両親を探して泉に行ったこと、そこで妙なことを言われたこと、全てを話し終えると、晴明君は小さく頷き、なんとも言えない視線を私たちに向けた。
「……よく、戻ってこられましたね」
「へ?」
よく戻ってこられた?
「これは僕の憶測ですが……おそらくゆね、という少女とそのご両親はこの世のものではありません」
「え、そ、それじゃあ……」
「あれは……」
「「幽霊?」」
二人の声がハモる。
「……恐らくは」
「「………………………………」」
そしてなんとも言えない沈黙が漂う。
それを壊したのは新八君だった。
「そ、それじゃあ……さ、ゆねちゃんが『連れてく』『連れてかない』って言い合っていたのって……」
「……ご想像の通りかと」
ゾッーーーーーーー。
今更ながら、背筋が冷たくなった。
「その少女があなたたちを連れて行かなかったのは、お二人がかの少女に優しくしてあげたからでしょうね。……もしかしたら、ご両親を含め、彼女らは出会った人間試していたのかもしれません。ーーーその元凶は大抵、人間に対する恨みです。……が、あなたたちお二人のまっすぐで優しい心が少女の心を溶かしたのかもしれませんよ」
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次の日の朝、私たちはお墓を散策してみたが、あの狐の像はなかったし、「李杜のお狐様」の近くにあんな綺麗な泉もなかった。
晴明君の話では、もしかしたら、私たちは「人ならざる者」の世界へと迷い込んでしまったかもしれないとのことだ。
また、これは山南さんから聞いた話だが、数年ほど前、お墓の近くで親子三人の他殺死体が見つかったらしい。
奉行所も犯人を懸命に捜索したが見つからず、辻斬りか何かの犯行ということになったのだという。
ーーーそして、殺された子供の名前は「ゆね」だったとか。
それからというもの、あの辺りで人が消えるという事件が何件か起こっていた。
それがあの親子が関わっているのかはわからないが、私は多分、もうそういうことは起こらないのではないかと思っている。
ゆねちゃんが最後に言っていた、「さようなら」という言葉。
それが意味することは、きっとーーーーーーーーーー。
おそらく、あの子は探していたのだろう。
「人の善意」というものをーーーーーーーーーーーー。
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【永倉新八】
ゆねちゃんは本当は幽霊で、しかも俺と瑞希を「あっち」の世界に連れて行こうとしていた。
ーーーあんな小さなうちに殺されたゆねちゃん。
ーーー笑顔ではしゃいでいたゆねちゃん。
俺は、不思議なことにも、あの小さな女の子に会って良かったと思っている。
あの子と出会えたのは、瑞希のおかげだ。
はじめにあの子と出会ったのはあいつだしな。
ーーーあいつが人気者になるの、わかる気がする。
だって、あいつは誰よりもまっすぐだから。
あいつだったら、あの時一人でも確実にゆねちゃんを両親の元に届けたと思う。
もちろん俺もするつもりだけど、よくよく考えてみればあんなところにあんな時間に子供が来ているなんておかしいと思うのが普通だ。
きっと俺も一人だったら警戒しただろう。
……でも、多分。
あいつはなーんの警戒心も、疑問も抱かずに笑顔を向けたんだろーな。
ゆねちゃんにとって、瑞希はあの暗闇で、最初から優しく声をかけてもらった初めての人だったのかもしれない。
この時代に生きてる人間の中じゃあ、ほんと、あいつは珍しいやつだよ。
あいつは人を疑うことを知らねーんだから。
だけどたぶん、そういうところが仲間を引きつけてるんだろうな。
ーーーそれにあいつ、男にしては顔可愛いし。
いや、俺は別にそっちの趣味なんてねーけどさ。
とはいえ、俺もあいつといると面倒くさいしがらみを忘れられるというか、自由な気持ちになれるから不思議なんだよ。
あいつの笑顔は、見るものの心をキレーにしてくれるんだ。
だからさ、瑞希。
ーーーお前は、何があっても笑ってろよ……?
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☆おまけ後日談
【桜庭瑞希】
あの肝試し騒動の次の日。
私と晴明君は沖田さんに呼ばれて彼の部屋に来ていた。
「……で、君たち二人は幽霊にあったんだ?」
「そういうことです」
「ふーん?どうせなら『あっち』の世界も見てくれば良かったのに」
「……それ私たちに間接的に死ねって言ってます?」
「大丈夫だよ瑞希ちゃん。その時は新八を生贄に捧げて君だけ帰っておいで」
「それも何気にひどいこと言ってますからね?」
相変わらず容赦のない沖田さんである。
「ところで、瑞希ちゃんの話で思ったんだけどさ、晴明君って、もしかして幽霊とかそういうの、見慣れてるの?ってかいるの、やっぱり?」
あ、それは私も気になるぞ。
「ーーーまぁ、陰陽師という職種もありますし、もちろん『幽霊』や『物の怪』と呼ばれる類のものはいますよ。ただ、この時代にはあまり見かけませんね。平安でしたらそこら中にいましたのに」
「そ、そこら中!?
「もちろん黄昏時ですよ?……夜の平安は魑魅魍魎が闊歩していましたから。けれど、夜の巡察に出てもそういったものと遭遇したことはありませんし、たとえいたとしてもおそらく普通の方々には見えないかと」
「え、普通は見えないの?」
「ええ。陰陽師のように、特別な訓練や術を持つ人間か、天性のそういう才能を持ったものにしか見えません。その才能のことを『見鬼』と言うのですけれど」
「あ、それ聞いたことある!」
たしか、物の怪とかを見る特別な目のことだ。
「ふーん。じゃあ君は幽霊とか見ても別になんとも思わないわけか?」
「なんとも思わない、と申しますか、なんというか、今更、という感じですね」
「…………馴って怖いねぇ」
それには大いに同感である。
「まぁでもこの間瑞希さんと夜の巡察に行った時……ああ、いえ、なんでもありません」
「ちょっと待って!?なんでそこで止めるの!?めちゃくちゃ気になるよ!?」
「いえ、なんでもないですよ、瑞希さん」
晴明君はニコッと笑みを浮かべるが、取り繕ってる感が否めない。
「いやいや、めちゃくちゃ気になるから!!」
なに!?晴明君は一体なにを見たわけ!?私と一緒の時に!?
「………………瑞希さん」
「な、なに?」
いやに真剣な声音に、思わず姿勢を正す。
そんな私を真面目な顔で見据え、言った。
「…………世の中には、知らない方が幸せなこともあるんですよ」
「…………………………………」
…………。
…………うん、そうだね。
「知らぬが仏って言葉もあるしね」
と、楽しげな笑みの沖田さんがそう付け加えた。
ーーー知らぬが仏。
うん、いい言葉だ。
人間、知らない方がいいことがたくさんあるんだ。
せっかくの機会だ。
聞かなかったことにしよう。
というか、絶対に聞くもんか。
そう、固く心に決める私なのだった………………………。




