第67話 迷子の少女
結局、私が正気に戻ったのは新八君の声が届かないほど奥の奥まで来てしまってからだった。
当然、彼が持っていた提灯はないので辺りは月明かりのみの真っ暗闇である。
「……ど、どこ、ここ?」
ーーー見渡す限りの墓、墓、墓。
あ、これ、こっちの時代に来た時のデジャブだわ。
あの時はお墓じゃなくて木だったけど。
違いはそれだけだ。
「って、そんな訳あるか!大きいわその違いっ!!」
それに今は一人でノリツッコミしてる場合じゃない!!
「……ん?」
なんか、少し先にぼんやりとした光が見える。
誰かいるのだろうか?
「あのー、誰かいますか……?」
恐々そう呼びかけながら光の方に近づいてみると、
「っ、えぐっ、ひぐっ」
「なっ!?子供!?」
そこにいたのは小さな提灯を持った、5歳ほどの女の子だった。
今の時刻は大体午後10時頃。
こんな時間に、こんな小さな子供がいる訳がない。
ーーー親御さんと逸れちゃったのかな?
「ねぇ、君、お母さんお父さんと逸れちゃったの?」
「え……?」
このまま放って置く訳にもいかず、話しかけてみると、女の子は驚いたように目を丸くして私を見上げた。
涙の溜まった大きな瞳の、とても可愛らしい女の子だった。
こんな子がこんな時間に一人でいたら確実に人さらいにあうだろう。
なんとかしなければ、という使命感を胸に、私はそのこと視線を合わせるように膝をついた。
「泣かないで。大丈夫。お兄ちゃんが必ずお父さんとお母さんのところに連れて行ってあげるから」
「……ほんとう?」
泣き止んだ女の子は上目遣いでこちらを見上げた。
「もちろん!任せなさいっ!」
ニコッと笑ってピースサインを出すと釣られて女の子も笑顔を見せる。
「ああ、そうだ!自己紹介を忘れてたね。私は瑞希。君は?」
「ゆね……」
「ゆねちゃん?いい名前だね」
「えへへ……」
ふにゃりと嬉しそうに笑うゆねちゃん。
おお、癒される〜。
「おーい、瑞希!いるなら返事しろーーー!!」
「あ、新八君!」
ちょうどそこへ、はぐれていた新八君が提灯を持って探しに来てくれた。
「ああ、やっと見つけたぜ。ったく、蜘蛛ごときで脱兎のごとく逃げやがって……」
「ご、ゴメン」
「まぁ見つかったことだしもういいよ……って、その子誰だ?」
新八君の登場に、私の後ろに隠れて警戒心をあらわにしている小動物、もとい、ゆねちゃんを見て目を丸くする。
「この子?ゆねちゃんって言うんだけど、なんか迷子みたいなんだよねー」
「迷子?こんな時間にか?あっぶねーなぁ」
そう言うと新八君は地面に膝をついた。
「はじめまして、ゆねちゃん。俺は新八って言うんだ。そう警戒しなくても、俺は敵じゃないから安心してくれ。な?」
イケメン爽やかスマイルの新八君の言葉に、
「……いじわる、しない?」
「おう!しないしない!俺はなんていったって、ここにいる瑞希にーちゃんの友達だからな!」
そろり、と、ゆねちゃんが私の顔を伺うように見上げる。
それに対して笑顔で頷くとやっと安心したように私の後ろから出てきた。
ーーーな、なんて素直ないい子なんだ……!!
内心歓喜に震えている私をよそに、立ち上がった新八君は辺りを見渡し、私にしか聞こえないように言った。
「にしても……ここってどこだ?」
「どこって……そりゃあ墓地でしょ」
「いや、そりゃあそうだけど……おっかしいなぁ……?昼来た時にはこんなとこなかったんだよ」
「こんなとこって、そんなの気付かないで通り過ぎただけじゃないの?」
「いや、それはねぇよ。だって、お前の後ろのそれ」
「それ……って、狐の像?」
新八君が指さした方を振り返ると、そこには狐のような形をした特徴的な石像が立っていた。
「一応、主催者として道は全部回ったつまりなんだけどさ、こんなんなかったはずだぜ?」
「見落としたってことは?」
「まぁ、そう聞かれると自信ないんだけどな」
「いや、そこは自信持ってないって答えてよ」
「いや、悪ぃ。なんか自信なくなってきた……。俺、記憶力ないし」
おいおい大丈夫か。
「……??」
「ああ、ごめんね、ゆねちゃん。お兄ちゃん達だけで喋っちゃって。……ああ、そうだ!ゆねちゃん、お父さんとお母さんとどこで逸れちゃったのか、教えてくれるかな?」
「えーとね、おみずがあるところ」
「水?川とかかな?」
「う……?わかんない……」
うーむ。そうかぁ……。
「ねぇ新八君。この近くに川か何かある?」
「この近くに?いや、ないはずだけど……」
「本当に?」
「ああ。というか、川どころか泉とか、水に関わるものはこの辺りにはないぞ?少なくともゆねちゃんくらいの子が一人で歩いてこられる距離には」
「ええっ!?それじゃあ一体……」
「おきつねさま」
「「え?」」
ゆねちゃんがさっきの狐の石像を指差し、私たちを見上げた。
「おきつねさまが、あったの。これと、よくにてる」
「お狐様?これとよく似た?」
「……李杜のお狐様」
「新八君?」
「この近くにそう呼ばれる小さい祠があるって聞いたことがある」
「!それだよきっと!」
「だけど……その近くに泉かなんかがあるなんて話、聞いたことないぜ?」
「でもさ、このままだと埒があかないし、とりあえず行ってみようよ」
「……そうだな。よし!ゆねちゃん、とにかくそこに行ってみよう!」
「うん!」
ーーーゆねちゃんの両親、見つかるといいな。
そんな期待を胸に、私はその祠があるという場所へ向かったーーーーーーーーー。
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「ほーら、高い高〜い」
「わぁ……!!」
「おっと!こらこら、そんなに乗り出したら危ないぞー?」
新八君と、彼に肩車されたゆねちゃんの軽やかな笑い声が響く。
新八君は子供から好かれやすいようで、すっかりゆねちゃんと仲良しになっていた。
「新八君、子供と遊ぶのうまいねー」
「まーな。俺、子供好きだし」
「私も好きだなぁ。ゆねちゃん、このおにーちゃんと遊んで楽しい?」
「うん、たのしい!しんぱちおにいちゃん、だいすき!」
「えー私は?」
「ゆね、みずきおにいちゃんもだいすきー!!」
ぐはっ!
ああ、この、一点の曇りもない純粋な笑顔……!!
か、可愛すぎる!マジ天使!!
ーーーいやいや、私にそっちの趣味はないよ?
だって、可愛いものは可愛いんだもん!
「ん?なんか、水の音、しねぇか?」
「え、水の音?」
突然の新八君の言葉に、私もジッと耳をすませてみる。
ポチャンーーーーーーー。
「あ!本当だ!」
「ゆねにもきこえたー!!」
「よし!行ってみよう!」
音がした方へ駆け足で近づく。
するとそこには……。
「「……!!」」
夜だというのに、月明かりを受けて青く光輝く澄んだ泉ーーー。
その美しさに、私たちはしばし言葉を忘れた。
「す、すごい……」
「こりゃあ驚いたな……」
まさか、こんなところにこんな綺麗な泉があるなんて。
「かあさま、とうさま!!」
と、ゆねちゃんが突然大声をあげたかと思うとパッと脇目も振らずに走り出した。
「あ……!!」
その先にはーーー。
「ゆね!」
「まぁ、どこに行っていたの!探したんですよ!?」
「とうさま、かあさま、しんぱいかけて、ごめんなさい」
ーーーゆねちゃんが駆け寄った先には一組の男女がいた。
年は両方とも二十代後半くらいだろうか。
愛らしいゆねちゃんと同様に、とっても綺麗な美男美女のカップルで、3人並んだ姿は実に眼福だった。
「あのね、とうさま、かあさま。しんぱちおにいちゃんと、みずきおにいちゃんがね、ここまでつれてきてくれたの!」
「まぁ……」
お母さんらしき女の人の視線がこちらを向く。
「ゆねをお助けいただき、ありがとうございます」
「い、いえいえ!こんな小さい女の子が一人で墓地にいたものですから、ほっとけなかっただけですから!」
慌ててそう返す。
その人は隣の旦那さんを見上げ、目元を和ませた。
「ねぇあなた?この方達を我が家にご招待しません?お世話になったようですし、ゆねも気に入っているようですから」
「ああ、そうだね。私からもお礼が言いたい」
「お二人はどうかしら?」
「えっ!?い、いや、悪いだ……じゃなかった、悪いですよ!」
女の人にちょっと見とれていた新八君が慌てて首を振る。
「そう仰らずに。ね、ゆねもお二人をお家にお呼びしたいでしょう?」
女の人がゆねちゃんを見下ろし小首をかしげた。
「……だめ」
「え?」
「……このふたりは、だめ。こっちにつれてきちゃ、だめなの」
ゆねちゃんはゆっくりと首を振り、そう言った。
ーーー「こっち」?
「それは……だが、ゆね……」
「おねがい、とうさま。おにいちゃんたちは、ゆねにやさしくしてくれたの。だから、つれてっちゃだめなの」
「「……」」
ゆねちゃんの両親はふたりで顔を見合わせたが、すぐに淡い笑みを浮かべ、
「わかったわ。ゆねがそこまで言うのなら」
「そうだね。確かに、もう夜も遅い。引き止めてしまって、悪かったね」
「い、いえ……」
ーーーどういうこと?
ゆねちゃんの言葉……。
「連れてっちゃダメ」って、どういう……?
「……しんぱちおにいちゃん、みずきおにいちゃん」
「ゆねちゃん?」
ハッとして3人の方を見るとゆねちゃんがこちらを見てにっこりと微笑んでいた。
ーーーその顔は、さっきまでの無邪気な笑みとは違う、大人びたものだった。
「あそんでくれて、ありがとうなの。それとーーーーさようなら」
「「っ!?」」
その瞬間。
隣の泉が勢いよく光り輝き。
そのあまりの眩しさに、私たちは思わず目を閉じたーーーーーーーーーーーーーーー。




