第65話 人を呪わば穴二つ
今回は特にファンタジー要素が多数ありますので、苦手な方はスルーしてください(ーー;)
「……何者ですか?」
レイピアを構え、眼前の男を見据える。
嫌な笑みを浮かべたその顔は端正に整っていて、 黒衣の、まるで物語に出てくる忍者のような格好と、右手に持った刀を持つ立ち振る舞いから、この男は他の誘拐犯とは明らかに力量が違うと、頭の中の警鐘が鳴っている。
ーーーさっきも、もし晴明君の指示がなければ確実に死んでいた。
そう思うと今更ながらゾッとした。
「何者、か。そうだなぁー。どーせあんたここで死ぬんだから聞かなくてもいいんじゃないか?」
「……」
完全に舐めきった言葉にカチンときたのでキッと睨みつけると、男は面白いものを見るような目つきでこちらを見下ろした。
「へぇ?良い目をしてやがるな。まぁいいか。しょうがない、名乗ってやるよ」
男の笑みが深まる。
そこには、明らかにこの状況を楽しんでいるような色があった。
「俺の名前は風魔野兎」
「……風魔?」
ーーーその名前、どこかで聞いたような……。
「あっ……!風魔って、確か徳川家康に処刑された忍者!!」
「はっ……くだらねぇ。あの男は俺らの一族を殺しちゃいねぇよ。せっかく捕らえた当時の頭目に逃げられたんだよ。んで、風魔の一族は今の今まで残った。……まさか、牢獄からみすみす逃げられましたなんて言えねぇからなぁ?結局野放しにせざる得なかったってわけだよ。ざまぁねーな」
牢獄から逃げられたんかい、徳川家康……。
というか、こいつ、本物の忍者だったんだね……。
って、そんなことで感心してる場合じゃない!
「……どうしてそんなあなたが人さらいなんて真似してるんですか」
「人さらい?違うね。俺の目的はただ一つ」
風魔の端正な顔が歪む。
ーーーそこに表れたのは狂気の笑みだった。
「俺の目的はなぁ、坊主………」
「殺しだよ」
「……なっ……」
まさか。
「俺が、あんたらと一緒にいたガキをさらってきたのはちょっとした遊びが目的なんだよ。お前らをあの馬鹿どものアジトに誘き寄せて、つまんねーあいつらを片付けさせて、そんで残ったあんたら2人をぶっ殺して、そのあとはお楽しみ、そこにいるガキどもをいたぶり殺してやるんだよ!」
「……っ……外道っ……!!」
「外道?ハッ!んなの、オメーらも一緒だろ?知ってるぜ。あんたら、あの人斬り集団、壬生浪士組の奴だろ?」
「っ、あんたなんかと一緒にするなっ!!私たちは人斬り集団なんかじゃないっ!!」
「同じだろ、お前らだって。任務だか信念だかは知らねぇが、スパスパ人斬ってるじゃねぇか」
「っ、それは……」
確かに、間違ってはいない。
壬生浪士組のみんなは、必要となれば簡単に人を斬る。
「下にいるのって、あの沖田総司だろ?壬生浪士組きっての剣豪って言うからどんなもんかと思ったが、ずいぶん間抜けだよなぁ?そばにいながらガキを俺に拐かされたんだからヨォ?」
「っ!!」
「あいつ、根本的には俺と同じだぜ?躊躇なく人間を殺す。信念だなんだって言い訳つけてるあいつの方がたち悪りぃよなぁ?」
「……るな」
「あ?」
ーーーその瞬間、私の頭の中で何かが切れる音がした。
「お前なんかと沖田さんを一緒にするなぁああああああああああああああああ!!!!」
渾身の力を振りかぶり、風魔の懐に飛び込み、相手の刀を弾き飛ばす。
虚をつかれたそいつは後方に転がった自分の脇腹に刺さった私の剣を唖然とした表情で交互に見くらべた。
「んな、馬鹿、な」
レイピアを軽く引いてて元に戻す。
そいつは音もなく崩れ落ちた。
「な、ぜ、だっ!!そんな、俺が、負ける?そんな、はず……」
「あんたは沖田さんどころか、私より弱いよ」
「なっ……」
「だって、あんたの剣には『想い』がこもっていないから。あんたが剣を振るうのはただ『欲求』のため。私の剣の先生が言ってたよ。『想いのこもらない剣は、それはただ振り回してるだけに過ぎない』ってね」
「っ……!!」
「瑞希ちゃん!!」
その時、階段を駆け上がる音とともに沖田さんの声が響く。
「無事……みたいだね」
「はい」
私の目の前に倒れた男の方を見て状況を理解したらしい沖田さんはそう言ってほんの少し安心したような表情を浮かべた。
ーーー私の無事を、沖田さんがちょっと喜んでくれてる?
そうだったら、ちょっぴり嬉しいかも。
これで、少しは認めてくれたかな?
「沖田さんの方も終わりまし……」
「瑞希ちゃんっ!!」
いきなりグイッと手を引かれ、沖田さんに抱きとめられる。
「な……沖田さん、いきなり何を……」
「……しくじった……逃げられたみたいだ」
「えっ!?」
後ろを振り向くと、あの風魔とかいう男の姿が消えている。
それと同時にさっきまで私がいたところに手裏剣みたいなのが刺さっているのが見えた。
「あ……沖田さん、助けてくれたんですね。ありがとうございます」
「……ふん。本当、迂闊だよね、君って」
「ぐっ……」
言い訳の余地もない。
が、助けてくれたことは素直に嬉しかった。
「さて、と。それじゃあ子供達を連れてさっさと出るよ」
「あ、下の人たちは……?」
「柱に縛り付けてきたから大丈夫♪あとは奉行所に任せるよ」
「……あ、そうですか」
……なんか笑顔でいう沖田さんが怖いんだけども。
……よし、考えないことにしよう。
知らぬが仏さ。
「……ところで、瑞希ちゃん」
「?なんですか?」
「……さっきはなんか、叫んでたけどなんだったの?」
「えっ?ああ、あれは……さっきの奴、殺しが趣味の変態だったんですけど、沖田さんも俺と同じだろって言ってきて、『お前なんかと沖田さんを一緒にするなっ!!』って言い返してやったんですよ」
「!!」
「ん?沖田さん?どうかしたんですか?」
今まで見たことないようなポカンとした表情でこちらを見つめてくる沖田さん。
……一体どうしたんだろうか?
「……別に。なんでもないよ」
「って、沖田さん?」
なぜかクルリと背を向けられてしまった。
んー???
なんだ??
後ろから見える沖田さん頰がほんの少し赤く染まっている。
「なんで沖田さん赤くなって……」
「うるさいよ瑞希ちゃん。さっさと仕事しなよ?」
顔を覗き込もうとしたらものすごい形相で睨みつけられた。
何故に。
理不尽。
ーーー私、本当に何かした?
結局、その後晴明君と合流するまで頭を捻って考えてみたのだが、その努力は徒労に終わるのだったーーーーーーーーーーーーーーー。
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【風魔野兎】
クソッ、クソッ!!
あのガキっ……!!今度会ったらぶっ殺してやるっ!!
だが今はとにかく傷をなんとかしなければ……。
「どこへ行くつもりです、風魔野兎?」
「っ!?」
な、いつの間にっ……!?
声の方へ振り返ると、そこには白髪に紫の目の、恐ろしく整った面をした、さっきのガキより少し上ほどの男が立っていた。
…………なんなんだ、こいつは。
気配が全くしねぇ。
ーーーこいつは、ヤバイ。
「……まったく。よくもまぁこれほど大きな『業』を背負ったものですね」
白髪の男は呆れたような表情を浮かべ、肩をすくめた。
「これでは手の施しようがありません」
「……テメー、さっきから何を言っていやが……」
「……来ましたか」
紫の瞳がスッと細められる。
ーーーゾクリ。
その瞬間、背筋を駆け抜けた悪寒に身を震わせた。
「な、ん……」
「……祠」
「はぁ?」
「あのお屋敷の隣にある祠。壊したのはあなたなんですね」
「祠、だと……?あのガラクタのことか?」
「……」
「はっ!そんなもん、少し蹴ったら粉々に砕けちまったよ。それがどうかしたのか?」
ーーー整った顔から表情が消える。
そのゾッとするほど冷ややかな双眸がこちらを射るように見据えられた。
「……愚かなことを。それほどの業を背負いながら、あまつさえこの地を『負の気』で満たすとは」
「だからテメー、さっきから何を言って……」
ーーーズルリ
足元を撫でる不快な感触に、思わず視線を落とす。
「っ!?!?!?」
足にまとわりついた、黒い「何か」が俺を見上げ、そしてニタリ、と笑った。
「ひっ、あ……」
助けてくれ。
その言葉を口にするよりも早く。
俺の体は「ソレ」に喰われた。
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【安倍晴明】
声を上げる間も無く、男が黒いソレに呑み込まれる。
「……『破』……」
パンッ、と手のひらを叩き、つぶやく。
その瞬間、黒いソレは一瞬のうちに霧散した。
「……人を呪わば穴二つ。あなたは業を背負いすぎた」
ーーーこれは、自業自得というものです。
「晴明君くーん!!」
ああ、どうやら二人も戻ってきたみたいですね。
「ごめん、1人には逃げられちゃった」
「……大丈夫ですよ、瑞希さん。人の持つ『業』は、必ずその身に帰ってきますから」
「???業???」
ーーーあなたには、知る必要のないことですよ、瑞希さん。
さっきのことは、僕の心の中だけにとどめておくことにしましょう。
それが、最も懸命な判断でしょうから……。