第64話 誘拐犯を追え!!
「はぁっ、はあっ……」
ふ、2人とも……。
は、速すぎるっ!!
だ、男女の違いがあるにしても、沖田さんはともかく、晴明君、足速っ!!
私、これでも足はそれなりに速いほうなのにっ!!
交通機能が発達いてしていない時代の人間、足の速さ、恐るべし。
「は、はぁっ、はぁっ……ここ……?」
「瑞希ちゃん、遅い」
「こ、これでも真剣に走ったんですよ……」
そりゃあもう、死ぬ気でね!
「莉乃さんがいるのはここのようです」
ここまで全力疾走してきたにもかかわらず、全く息も切れず、涼しげな表情の晴明君が目の前の一件の家屋をじっと見据えて言う。
私たちが鳩を追ってやってきたのは、森を出て、すぐ近くの二階建ての日本家屋だった。
外から見たところ、ただの無人のボロ屋のようにしか見えないが、天才陰陽師な晴明君の術で探し出したなら、ほぼ確実と言えるだろう。
「中に何人いるか、わかる?」
「……表に3人。一階に7人、二階に……4人と、あとおそらく誘拐されたのであろう子供達10人ほど、ですね」
紫の目を細め、家屋を「視」た晴明君がそう称する。
「じゅ、10人……!?莉乃ちゃんだけじゃないっていうの!?」
「当たり前でしょ。ここは多分、さらった子供を売り飛ばす、いわば奴らの根城みたいなものなんだよ」
油断なくあたりの人の気配を探りながらも家屋を睨みつける沖田さんの声が苛立っているように聞こえる。
沖田さんは、多分、自分が近くにいながらみすみす莉乃ちゃんを攫われることになったことを悔いているのだろう。
「沖田さん。自分を責めないでください」
そう、声をかけると、沖田さんは一瞬目を見開き、が、すぐに不敵な笑みを浮かべて言った。
「僕のそばでくだらない誘拐事件を起こしたこと、後悔させてあげるよ」
……うわぁ。
今更だけど、誘拐犯たちに同情心が芽生えてくる。
……沖田さんを敵に回すなんて、運のない人たちである。
「表の3人は僕がなんとかします。この距離なら声も届きますから」
「届くって……?というか、3人はどうにかするって……」
「すぐにわかりますよ」
私の疑問に、晴明君はクスリと微笑んだ。
ーーーその笑みはゾクリするほどに蠱惑的で美しい。
晴明君は一歩、私たちの前に出ると素早く呪を結んだ。
「『魂縛』」
ーーー直後、表から微かなうめき声が聞こえてきた。
「な、何したの……?」
「少々『夢』を見ていただいているだけですよ♪」
ニコッと清純な笑みを浮かべた晴明君だが、言ってることとやってることは空恐ろしい。
詳しく聞いたらいけないような気がしたのでそれ以上深く突っ込むのはやめておく。
「それ、中のやつらにもできないの?」
慈悲もクソもない沖田さんがそんなことを言い出すが、
「できないことはないですけれど、あなたはそれを望まないでしょう?」
と、にこやかに返す晴明君。
「……そうだねぇ。僕直々にきつーいお灸を据えないとねぇ?」
おぅふ。
ほんと、運のない誘拐犯たち……。
まあ、自業自得だけどさ……。
とりあえず心の中で合掌しておくことにした。
「さて、と。そろそろ行こうか、瑞希ちゃん?」
「あ、はい!」
そういえば、声がどうのって晴明君が言ってた気がするけど……。
「それでは僕はここでお待ちしていますね。ないとは思いますが、誰かがこないよう、人払いの結界はかけておきます。あと、折を見て「声」は届けられますから、その時はよろしくお願いします」
「声?」
「それもすぐにわかりますよ」
にっこり笑顔の晴明君に軽く躱されてしまった。
「さぁ、そろそろお仕置きの時間だよ」
真っ黒い笑みを浮かべた沖田さんが意気揚々と腰の刀を抜き、家屋の玄関へと向かっていく。
「あ、沖田さん、待ってください!あと、お仕置きって言っても、殺しちゃダメですからね!?」
「わかってるよ、それくらい」
自分の分のレイピアを抜き、そう忠告しながら沖田さんのあとを追った。
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「な、なんだテメェーら!!」
例によって、押し込み強盗よろしくボロい戸を蹴破って室内に侵入した私たち(もちろんドア壊したのは沖田さん)は予想通りな柄の悪い誘拐犯たちの歓迎を受けることとなった。
「んー、僕?別に、名乗る必要ない上に、言うまでもないことかもだけど、君たちにお仕置きをしに来た心優しい青年だよ?」
清々しいほどの黒笑を端正な顔に貼り付けた沖田さんは、まるで近所の友達の家に来たよ!みたいな軽い調子でそう言った。
「はっ!くだらねぇな!あんたみたいな優男に何ができるってんだァ?しかもそんなガキ連れとか!」
「なっ!」
ガキって、私のことか!?
「……沖田さんやっぱ斬りますか」
「うーん、それは後々面倒なことになるから落ち着こうか」
「……わかりました」
仕方ないから腕の一本くらいで勘弁してやる。
「それじゃあここは僕がやるから、瑞希ちゃんは上をお願いね」
「了解です!」
ギュッとレイピアを握り直し、私は二階への階段へと足を向けた。
「おっと、ここは行かせね……ぐあっ!!」
「あー、君の相手は僕ね?」
私の前に立ち塞がろうとした男はいとも簡単に沖田さんによってねじ伏せられる。
「あとはよろしくお願いします、沖田さんっ!!」
後ろにそう声をかけ、私は階段を駆け上がった。
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【安倍晴明】
お、沖田さん……。
何も、戸を蹴破らなくても……。
誘拐犯たちに出し抜かれて、彼は相当気が立っているようですね。
……ん?
あれは……?
ーーー壊れかけの家屋の側。影になっている場所に、何者かによって壊された、祠のようなものがあるのが見て取れた。
ーーーああ、これはまずいです。
だからここの空気は妙に「負」の気が多かったんですね。
まったく、祠をあんな風に壊すなんて。
こうなって仕舞えば、僕にもどうしようもありません。
あの祠を壊したのは、かなりの「業」を背負った者のようですしね。
ーーーああ、中で乱闘が始まったようです。
それではそろそろ……僕なりの「後方支援」を、始めましょうか。
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【桜庭瑞希】
「上の人たちも一階の騒ぎで私たちのこと気づいてるよね……」
思いの外長い階段を真ん中ほどまで登り、そう小さく呟く。
馬鹿正直に登って行ったら面倒なことになるのは予想できる。
さて、どうしようか。
『そのまま上に上がってください、瑞希さん』
「っ!?」
突然頭に響いた、聞こえるはずのない声に、思わず飛び上がった。
「せ、晴明君!?」
『先ほど申し上げたでしょう?声を、届ける、と』
「ま、マジか……。なんでもありだね、陰陽術って」
『そうでもありませんよ。これは、名前を知っていて、信頼している相手にしか使えないものですから』
っということは、私は晴明君に信頼されているのか。
それはそれで嬉しいかも。
「それで……そのまま行っていいって言っても、この階段狭いから、上から来られるとまずいと思うんだけど」
『それについては問題ありません。階段のそばに人はいませんから。どうやら、誘拐犯たちはあまり賢くはないようです』
「……あまり、というか、馬鹿だね、それ。私が言うのもなんだけど」
どんだけアホなんだ、誘拐犯たち。
「それじゃあ……行くね?」
『はい。できるだけの援護はいたします。……ご武運を!』
さすがに見えないとわかっていながらも大きくうなずき、私は残りの階段を駆け上がった。
ーーーうわ、マジでいないし。
それに、部屋の扉近くにいるの、透けててバレバレだよ。
こんなんでよく誘拐しようと思ったな……。
無言で戸ごと肩あたりをブッ刺すとギャッと悲鳴が聞こえてきた。
戸を開けると、中には2人の男が太刀を持って襲い掛かってきた。
「死ねぇえええええええええええええ!!」
上から降ってくる二つの刀をパッと避け、首をレイピアの平たい部分で叩くとあっさり崩れ落ちる。
「ふぅ、これで終了か」
部屋の奥には、怯えきった目をした子供達が束になって縛られていた。
「皆、怪我はない?大丈夫。お兄ちゃんは敵じゃな……」
『後ろですっ、瑞希さんっ!!』
緊迫した晴明君の声に、私はとっさにしゃがみ込んだ。
「っ!!」
今の今まで
私の首があった場所を斬る刀。
瞬時に立ち上がり、子供達にせを向けて「敵」と向かい合った。
「へぇ?今の避けるんだ?」
へらり、と沖田さんのそれとはまた違う、嫌な笑みを浮かべた男が楽しげに私を見下ろしたーーーーーーーーーーーーーーー。




