第62話 やっぱり優しい山南さん
6月も終わりに近づき、梅雨が終わりに近づいてきた頃。
その日の昼の巡察は初めて山南さんと二人で行うことになった。
「うわぁー、梅雨が終わっちゃったせいでちょっと蒸し暑いですね。夏が近づいてきたって感じですよ」
「そうだね……」
「あれ……?山南さんは、夏、嫌いですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「いえ、なんか、声が暗かったんで」
山南さんは少し目を見開き、苦笑を浮かべた。
「ご名答だよ。……私は暑いのは苦手でね。京の夏はとても暑いから、少し憂鬱かな」
「そうなんですかー。私は夏、結構好きですよ!夏にはお祭りがあったり、あと川遊びとかできますしね!」
「あはは。瑞希君は元気だなぁ」
「あ、今子供扱いしましたね!?」
「そんなことないよ」
そうは言ったものの、山南さんは明らかに笑いをこらえている顔をしている。
「……そんなに私って、子どもっぽいですか?みんなに言われるんですけど……」
「うーん。子どもっぽい、というか、元気な子犬みたいなところはあるね」
「犬!?」
「勘違いしないでくれ、瑞希君。悪い意味ではないんだよ。なんて言ったらいいのかな、君は感情表現が豊かだし、とても素直だってことだよ」
「つまり、それって私がわかりやすいってことじゃないですか」
ムッと頬を膨らませると生暖かい眼差しを上から注がれる。
「今みたいなところが、そうなんじゃないかな?」
「むぅ……」
「でも、それが君の良さだと私は思うよ。君だけの魅力、というのかな」
「魅力、ですか」
はて、と、首をかしげると、山南さんは晴明君とはまた違った、大人の包容力に満ちた優しい微笑みで私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「他の人には、他の人の良さがあるように、瑞希君のそのまっすぐな心は君だけの個性だと私は思う。そういうところは大切にしてほしい」
「個性、か。そうですね!ポジティブに考えなきゃですよね!!」
グッと量の拳を握り大きく頷く。
「ぽじてぃぶ?」
「あ」
不思議そうな山南さんの表情で、またこの時代にふさわしくない言葉を口走ったことに気がつく。
「ああ、えっと、それはですね……」
「Excuse me!」
「んあ?」
突然背後からかけられた、聞いたことはあるがこの場所ではそうそう耳に入ることのない言葉に、思わず妙な返答とともに振り返る。
山南さんも何事かと後ろを振り返り、目を丸くした。
ーーーそこにいたのは金髪碧眼の、ピチッとしたスーツを着こなした外国人の青年がいた。
私たちがあっけにとられてその人を見上げていると、その青年はにこやかにこう話しかけてきた。
「Can you speak English?」
「あなたは英語を喋れますか?」ってことだよね?
んー、マジかー。
まさか幕末で外人に話しかけられるとは夢にも思っていなかった。
隣をちらりと伺うが、山南さんは何を言っているのかさっぱりわからないらしく、困ったような表情で私と青年を見比べている。
壬生浪士組の中でも頭のいいインテリな山南さんでも英語はわからないようだ。
かく言う私も、高校に入ったばかりなので中学生レベルの英語しかわからない。
とはいえ、このまま無視するわけにもいかないので頭の中の英単語辞書を総動員して働かせ、言葉をひねり出した。
「えーっと、Yes,but just a little」
「Oh!!Ok,ok!!」
私の返答に、その青年は目を輝かせてきた。
どうやら喜ばれているらしい。
隣の山南さんは唖然とした表情で私を見下ろしてくる。
「Let me see……Where is the “Ayameya”?」
「『あやめや』はどこですか?」か?
ーーーあやめやってなんだ?
「あの、山南さん。『あやめや』って、なんだかわかりますか?」
「え……っと、あやめや……?もしかして、『菖蒲屋』のことかな?料亭の」
「あ、多分それです!その料亭、どこにありますか!?」
「確か……この道をまっすぐ言った先だよ。左側にあるはず」
「ありがとうございます、山南さん!……
“Ayameya” is restaurant , right?」
「Oh , yes!!」
やっぱり山南さんの予想は当たっていたみたいだ。
とするならば……。
「Go straight down this street , and it is on the left side」
「この道をまっすぐ行って、左側にあります」っと、これでどうだ!?
「Oh , I see! Thanks so match!!」
おお、わかってくれた!!感謝された!!
外国人らしき青年は笑顔で礼を言うと私が指差した道へと意気揚々と歩いて行った。
「……瑞希君」
「はい?ああ、山南さん、さっきはどうもありがとうございました!!」
「え?ああ、うん、それはいいんだけど……。君、南蛮語が話せるのかい?」
「南蛮語?英語のことですか?」
「英語……。さっきの言葉はそういう風に言うのか」
「はい。イギリス……英国?って言ったらいいんでしょうか?の、言葉です」
「そうなんだ……。でも、どうして瑞希君はそんなものを喋れるんだい?」
「え」
ギクリ。
そうだった。
この時代の人間が、英語なんて話せるわけがない。
……未来の学校で習ったから、なんて言えるわけがないよ!?
「えーっと、その……ま、前にお世話になっていた人が、英国の人と知り合いで……それで習ったんです」
「ああ、なるほど」
即興で作った嘘だが、人のいい山南さんは信じてくれたらしい。
「他国の言葉を話せるなんてすごいね」
「話せるって言っても、ほんの少しですけどね」
「それでも、とっても素晴らしいことだと思うよ」
にっこりと笑った山南さんがゆっくりと私の頭を撫でてくれる。
ーーーお父さんみたいだなぁ。
そんな風に感じてしまうほどに、その手つきは優しかった。
「さて、そろそろ屯所に戻ろうか?」
「あ、はい!」
頷いた直後、視界の端に甘味所の看板が目に入ってくる。
「食べたいの?」
「あ……えっと……」
それに気がついた山南さんが笑って顔を覗き込んでくる。
「ははっ、そうだね。お腹も空いたことだし……食べて帰ろうか?」
「!!はい!!」
パッと顔を輝かせてこくこくと頷く。
ーーーやっぱり山南さんは優しいっ!!
食べ物であっさりと懐柔された私は甘味の耐えがたい魅力に心を躍らせながら天使な山南さんにめい一杯の感謝を捧げるのだった。




