第60話 誠に変わる、偽りの華
【桜庭瑞希】
原田さんは、「誰か」を私に重ねている。
それは多分、間違いないことだと思う。
そして、多分原田さんは、今。
ーーーそのことを悔いている。
そんな原田さんに、私は一体なにができるだろうか?
「……原田さん、こっちを向いてください」
思いの外冷静な声音でそう、呼びかける。
すると、いつものからかうような色を完全に無くした、暗く沈んだ双眸がこちらを向いた。
ーーー多分、今から私が聞くことは、今の原田さんの心をえぐることになる。
だけれど。
その、なにがあったかはわからない、彼の心を占める「それ」を、今、ここで払拭しなければ、彼は永遠にとらわれ続けてしまう……そんな気がした。
だから私は。
「ひとつ、聞いていいですか?」
「……なんだい?」
ーーー力なく首をかしげる原田さんに、私は用意していたその言葉を投げかけた。
「『彼女』って、誰ですか?」
ーーー彼が息を呑んだ気配が伝わってくる。
『……お前……桜庭は彼女ではないぞ』
斎藤さんが前に言っていた、「彼女」の存在。
これはあくまで勘でしかなかったが、その「彼女」というのが、今回原田さんがおかしくなった原因だと予想してみたのだが、どうやら当たりだったみたいだ。
案の定、原田さんは目を見開いて硬直した。
「……前に、斎藤さんが言っていたことを思い出したんです。ひょっとして、原田さんがこんな風になっちゃったのって、そのことが関係してるんじゃないですか?」
「っ……!!」
美麗な顔を歪め、俯く。
私はズルイとわかっている言葉を、あえて、畳み掛けるように言った。
「朱鳥さんを……女の子をあんな風に傷つけて、私をここまで引っ張ってきて、それで何の説明もしないでただ『ごめん』なんて、卑怯ですよね、原田さん」
「っ、それは……」
「後悔しているんだったら、話してください、原田さん。……別に、構わないでしょう?原田さんは、あくまで私に半ば脅されて喋るんですから」
その一言に、原田さんの髪と同じ色の瞳がさらに大きく見開かれる。
と、直後、その顔に降参したような苦笑が浮かんだ。
「……わかったよ。話すさ。せっかく君がお膳立てしてくれたんだからね」
どうやら、私の言葉の意味をわかってくれたみたいだった。
「……三年くらい前のことだよ。俺はね、ある人と恋仲になった。……けど、その人は俺が手に入れられるような人じゃなかった」
「それは……身分違いってことですか?」
「……ああ、そうだね。つまりは、そういうこと。それでも俺は、彼女を……愛していた。それは、彼女も同じだと思っていた。……でも、それはまやかしだった」
赤茶色の瞳が寂しげに揺れる。
その様子に、その後一体どうなったのか、なんとなく予想はついた。
「……彼女の元に、彼女の両親から、とある身分ある男との見合い話が舞い込んだ。そして、彼女はそれを受けた。……その日の逢引の場所に、彼女は来なかった。……それ以来、彼女とは一度も会ってはいないんだ」
彼女は、俺から逃げてしまったんだよ。
そう、諦めたように言う原田さんの姿は、いつもの、冗談交じりの、ともすれば軽薄な印象はない。
彼は、本当にその恋人を、愛していたのだろう。
けれど、相手は、もしかしたらその見合いが断れなかっただけなのかもしれないけれど、それでも「彼女」は原田さんの元から去ってしまった。
「……せめて、彼女の口から別れを切り出して欲しかった……なんて思うのは、うぬぼれかも知れないね。所詮、彼女にとって、俺はその程度の人間だったってことだから。……それなのに俺は、性懲りもなく彼女に瓜二つの君に、彼女がよく着ていた青紫の着物を着せて……。本当に、馬鹿だな……」
「……そういうことだったんですか」
「……彼女のこと、知ってるのは一だけなんだけど、彼の場合、最初は忘れてたみたいだけど、そのうち気がついたらしいよ」
「え、そうなんですか!?」
やっぱり、私は鈍いのかもしれない。
「……それで、瑞希は……俺のこと、軽蔑した?」
「え?なんでですか?」
「いや、何でって……」
困ったような、呆れたような顔をする原田さん。
「普通、昔の恋人に未練たらしい思いを持って近づいてきた男なんて、軽蔑するでしょ?」
「別にいいですよ、私は」
「はぁ?」
原田さんにしては珍しい、間の抜けた声が上がる。
「というかむしろ、謎が解けた!みたいな気持ちですし」
「???」
「いやー、正直疑問だったんですよねー。原田さんが、私みたいな色気のないお子様に可愛いだの何だのって、まるで女の子口説いてるみたいなこと言ってくるのが。なるほどー、そういうことだったんですね!つまり、私が昔の恋人に似ていたと!あーでもそれ、多分そうでもないと思いますよ?今のこれはただの化粧マジックですって。原田さんが選ぶ女の子ですもん、その恋人さん、私なんかよりもっともっと可愛くて綺麗な人だったんでしょ?」
絶対に間違いない。
原田さんみたいなイケメンが選んだ女の子だなんて、さぞかし美少女だったんだろう。
が、私の予想に反し、原田さんはまじまじと、まるで街でツチノコ見つけたみたいな目で私を見つめてきた。
「……君、それ本気で言ってる?」
「え、そうですけど?」
なぜ私がこんなところで嘘を言わなきゃならないのか。
すると、一体何がどうツボに入ったのか、プッと吹き出して笑い始めた。
「っ、はははははははっ!!」
「いや、なんで笑うんですか、失礼な!!」
「いや、だって笑うでしょこれは!!」
腹を抱えて大爆笑する原田さん。
ーーーもしや沖田病がうつったか?
「ふふっ、ははははっ!!でも、ま、いいや。君がそう思ってくれてる方が、やりがいあるし」
「はぁ?」
一体何のことを言ってるんだ、こいつは?
「ああ、もう、いつまで笑ってんですか原田さ……どふぃあぁ!?」
なーーーーーーーーーーーーー!?!?!?
目の前のめちゃくちゃ近くにある、いたずらっ子の笑みを浮かべた原田さんの秀麗な顔。
そして直前に私の額に触れた、熱いもの。
「今日はまぁ、このくらいにしておこうかな」
「ーーーーーーー!?!?!?」
い、今、私っーーー!?
額にキスされたぁ!?!?!?
呆然とする私をよそに、不敵な笑みを浮かべた原田さんがスッと耳元に顔を寄せて囁く。
「ふふっ、やっぱり君は可愛いよ、瑞希」
「なっ!?」
反射的に殴ろうと拳を振りかぶるが、それを予測していたようにサッと避けられたせいでその拳は空を切る。
今、真っ赤になっているであろう私を満足げに見下ろし、原田さんはひらひらと手を振ったて言った。
「それじゃあ、俺は先に行くね?今の君が俺と屯所に帰ったら色々と誤解されそうだから❤︎」
「っーーーーーーーーーー!!」
みるみるうちに遠ざかる背中を見送ることとなった私は恥ずかしさと怒りの絶叫をあげた。
「な、なんなんだよあの人はぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ーーーその私の様子を、通りかかった人たちが目を剥いて振り返ったことは言うまでもないーーーーーーーーーーーーー。
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【原田左之助】
ふふっ、叫んでる叫んでる♪
そういうところも可愛いよ、瑞希。
……君は、俺が今まで出会ったことがないような、女の子だった。
ーーーやっぱり俺は馬鹿だったよ。
瑞希と「彼女」ーーー百合は全然違う。
それに気がつかなかったんだから。
「まさか、そうくるとは思わなかったなあ」
あの子は、どうやら自分の魅力に気づいていないみたいだ。
だからこそ、真っ直ぐなんだろう。
君は、君自身、気がついていない魅力を秘めた女の子だよ、瑞希。
……どうやら俺はだいぶ単純な人間だったらしい。
こんなつもりではなかった。
心の中では、百合の代わりになるかな、なんて、いつも女の子たちを口説いてるみたいな軽い気持ちで、適当な距離を持とうと思ったのに。
瑞希。
俺は、どうやら君に惚れちゃったらしいんだ。
「百合の代わり」としてではなく、君自身に、ね。




