時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜

第七章 咲き乱れし恋と波乱の予感

第59話 恋の過ち

「原田さん……？」

名前を呼ばれ、原田さんはビクリと肩を震わせてハッとしたような表情を見せた。

「あ、ああ……。ごめん、瑞希。君があんまりにも可愛かったから、驚いたんだよ」

ーーー嘘。

原田さんはさっきまで私を見ていなかった(・・・・・・・・・)。

『……お前……桜庭は彼女(・・)ではないぞ』

いつだったかの斎藤さんの声が脳裏に響いた。

その瞬間、さっきの「違和感」の正体に気づいた。

ーーー原田さんは、私に誰か(・・)を重ねているーーーーーー？

ーーーその時だった。

「この泥棒猫っ！！あたしの左之助様にベタベタしないで！！」

「っ！？」

振り向くと、そこには原田さんのストーカー、朱鳥さんが立っていた。

……って、泥棒猫！？

それって、私のことですか！？

目を釣り上げ、私をまっすぐに睨みつけてくる朱鳥さんの顔は般若のようで、正直マジで怖い。

女の嫉妬、恐るべし。

美人の怒り顔はやはり迫力満載だ。

「ちょっと！なんとか言いなさいよ、あんた！！」

って、感心してる場合じゃなかった。

「いや、あの……」

「泥棒猫って、誰のこと？」

私の言葉を遮るようにして原田さんが私と朱鳥さんの前に立ちはだかる。

周りの人たちは一体何事かとこちらを注目している。

「さ、左之助様……！！そんなのは決まっているわ！その女です！ええ、あたしにはわかっているわ。その女、左之助様に付きまとっているのでしょう？あたしとの恋路を邪魔するために！！」

いや、付きまとってんのはそっちではなかろうか？

そもそも、私が原田さんをストーカーするわけないではないか。

むしろいろいろ突っ込まれたくない所ばっかり言われまくって微妙に迷惑しているのですが。

確かに、原田さんにいろいろと褒められたりするのは気恥ずかしいが、それは恋ではなかろう。

「……つきまとってるのは、そっちだよ」

「「え……？」」

あ、ハモった。

いやいや、だからそんなこと感心してる場合じゃないから。

「これ以上、この子にそんな変なこと言うの、やめてくれないかい？迷惑だ」

「っ！！」

驚きで大きく目を見開く朱鳥さん。

ーーーそれは私も同じ心情だった。

あの、女の子には優しいプレイボーイな原田さんがこんなこと言うなんて。

いや、確かにストーカーされて迷惑ではあったんだろうけど、普段じゃ考えられない言い方である。

というか、そう言えないから私に恋人役頼んで穏便に済ませようとしたんじゃ……。

案の定、朱鳥さんは瞳に大粒の涙を溜め、何も言わずに走って行ってしまった。

「あの、原田さ……」

「……行くよ」

「えっ、うわぁっ！！」

グイッと手を強く引かれる。

原田さんはこちらを見ずに、今着ている着物の代金諸々を呆然としている店員さんに押しつけるようにして渡すと店の外へと歩き出した。

その手を振り払うのがなんとなく気が引けた私はされるがままに無言で店を出た。

そのまま、原田さんは私の手を引いて進んでいき、裏路地のような、人気のないところまでやってくるとふと、立ち止まった。

「……あの」

「……ごめん」

そう、謝罪とともに手を離される。

そうして私に背を向けたまま、原田さんは小さなため息をついた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

【原田左之助】

ーーー「彼女」が好んで着ていた、青紫の着物。

意識的にか、無意識にか、俺はその着物を瑞希に渡していた。

瑞希は戸惑いながらもそれを着てくれた。

ーーー青紫の着物。

俺は思わず瑞希の手を引き、化粧を施してもらっていた。

そして、その姿は。

ーーー「彼女」に、瓜二つだった。

ーーー本当に嬉しそうに、楽しそうに笑う、花のような笑顔。

ーーー照れた時、真っ赤になった顔を隠そうと、顔をそむける仕草。

なにもかも、「彼女」にそっくりだった。

俺は「彼女」に見とれ、ただただ呆然と「彼女」を見つめた。

「原田さん……？」

瑞希が、困惑げにこちらを見上げてくる。

ーーーああ、俺は最低だ。

ーーーこんなことしたって、意味はないのに。

馬鹿みたいに「彼女」の姿を瑞希に重ねた自分を殴りたい気分になる。

それは、あまりに瑞希に対して失礼だというのに、俺は……。

俺は無性に自分に腹が立って仕方がなかった。

その時だった。

「この泥棒猫っ！！あたしの左之助様にベタベタしないで！！」

声のほうを見ると、朱鳥さんが鬼の形相で瑞希を睨みつけていた。

突然のことに、瑞希が動揺したような返答を返す。

「泥棒猫って、誰のこと？」

それ、瑞希のこと言ってる？

「……つきまとってるのは、そっちだ」

ーーーダメだ。

「これ以上、この子にそんな変なこと言うのやめてくれないかい？迷惑だ」

ーーーダメだ、こんな言い方をしたら。

けれど、もう遅い。

……朱鳥さんは泣きながらどこかへ行ってしまった。

ーーーこれじゃあ、ただと八つ当たりだ。

「……あの、原田さ……」

「……行くよ」

瑞希の顔も見ずにその小さな手を掴み、強く引く。

振り払うこともできはずなのに、瑞希は無言で後をついてきた。

人気のない場所まで来て、その手を離す。

「……あの」

「……ごめん」

ーーー俺は一体なにをしているんだろうね？

「彼女」は、もういなくなってしまったのに。

最初からわかっていた。

「彼女」と俺は、住む世界が違う。

手が届かないことは初めから分かっていた。

そして、結局彼女はこの手から逃げていった。

それなのに、俺はまだ未練たらしく、あまつさえ、「彼女」の面影を持つ瑞希を代わりにしようとした。

……一(彼)が、言った通りだった。

「……原田さん、こっちを向いてください」

「……」

有無を言わせない、凛とした声音に反射的に振り返る。

黒い、意志の強い眼差しがこちらを射るように見据えた。

「ひとつ、聞いていいですか？」

「……なんだい？」

「『彼女』って、誰ですか？」

「っ！？」